政談 / 宗門手形の事
宗門手形に代々何宗と書すること僞りを敎ふるなり、公法の第一嚴密にすることに僞りを敎へて、其れを定法と覺ゆるは不詮議の至り云はんかたなし、當時は何事も斯の如く法を立つると云へは、下に僞りを敎ふることに成る故、下に僞り多きは畢竟上の敎なりと云ふへし、されとも吉利支丹宗門の御改めのことは、僅に百年以前に始まりたることにて、右の文言其の時分に立てたる法なり、其のときは武家皆知行所に居住し、家來多くは譜代者なり、さなきも皆知行所のものなれは、右の文言全く僞りにあらす、然るに世移りて武家江戶住居と成り、譜代なくなりて出替りものをつかひ、其の出替りもの皆ふてんに御城下にて召し置くことにて、其の來歷の知れすに、御城下にて請人を立て其の請人の寺を旦那寺にし、又大名の家來も江戶勝手多くなり、他所の浪人なとを召し置きたるに、江戶にて旦那寺を拵へさする故、右の文言大なる僞りとなりたり、一卷目に云ひたるが如く出替り奉公人を皆地頭請にせは、宗門手形は在所にて濟むこと成る故、昔にかへりて右の文言の通りにて少しも僞りになるましきなり、何事も世の風俗の移り行くことを心得ぬ故、斯の如き誤りありと知るへきなり、
新字:宗門手形に代々何宗と書すること偽りを教ふるなり、公法の第一厳密にすることに偽りを教へて、其れを定法と覚ゆるは不詮議の至り云はんかたなし、当時は何事も斯の如く法を立つると云へは、下に偽りを教ふることに成る故、下に偽り多きは畢竟上の教なりと云ふへし、されとも吉利支丹宗門の御改めのことは、僅に百年以前に始まりたることにて、右の文言其の時分に立てたる法なり、其のときは武家皆知行所に居住し、家来多くは譜代者なり、さなきも皆知行所のものなれは、右の文言全く偽りにあらす、然るに世移りて武家江戸住居と成り、譜代なくなりて出替りものをつかひ、其の出替りもの皆ふてんに御城下にて召し置くことにて、其の来歴の知れすに、御城下にて請人を立て其の請人の寺を旦那寺にし、又大名の家来も江戸勝手多くなり、他所の浪人なとを召し置きたるに、江戸にて旦那寺を拵へさする故、右の文言大なる偽りとなりたり、一巻目に云ひたるが如く出替り奉公人を皆地頭請にせは、宗門手形は在所にて済むこと成る故、昔にかへりて右の文言の通りにて少しも偽りになるましきなり、何事も世の風俗の移り行くことを心得ぬ故、斯の如き誤りありと知るへきなり、
書き下し
宗門手形に代々何宗と書すること偽りを教ふるなり、公法の第一厳密にすることに偽りを教へて、其れを定法と覚ゆるは不詮議の至り云はんかたなし、当時は何事も斯の如く法を立つると云へは、下に偽りを教ふることに成る故、下に偽り多きは畢竟上の教なりと云ふへし、されとも吉利支丹宗門の御改めのことは、僅に百年以前に始まりたることにて、右の文言其の時分に立てたる法なり、其のときは武家皆知行所に居住し、家来多くは譜代者なり、さなきも皆知行所のものなれは、右の文言全く偽りにあらす、然るに世移りて武家江戸住居と成り、譜代なくなりて出替りものをつかひ、其の出替りもの皆ふてんに御城下にて召し置くことにて、其の来歴の知れすに、御城下にて請人を立て其の請人の寺を旦那寺にし、又大名の家来も江戸勝手多くなり、他所の浪人なとを召し置きたるに、江戸にて旦那寺を拵へさする故、右の文言大なる偽りとなりたり、一巻目に云ひたるが如く出替り奉公人を皆地頭請にせは、宗門手形は在所にて済むこと成る故、昔にかへりて右の文言の通りにて少しも偽りになるましきなり、何事も世の風俗の移り行くことを心得ぬ故、斯の如き誤りありと知るへきなり、
現代語訳
宗門手形に「代々何宗」と書かせるのは、偽りを教えることである。公法のなかで第一に厳密にすべきことに偽りを教えて、それを定法と思っているのは、詮議の至らなさは言いようもない。今は何事もこのように法を立てると、下に偽りを教えることになるので、下に偽りが多いのは、つまるところ上の教えだと言うべきである。けれどもキリシタン宗門のお改めのことは、わずか百年前に始まったことで、右の文言はそのころに立てた法である。そのときは武家は皆知行所に住み、家来の多くは譜代の者であった。そうでない者も皆知行所の者であったから、右の文言はまったく偽りではなかった。ところが世が移って武家は江戸住まいとなり、譜代の家来はいなくなって出替り者を使い、その出替り者は皆、素性も知れないまま御城下で召し抱えることになって、来歴がわからないので、御城下で請人を立て、その請人の寺を旦那寺にし、また大名の家来も江戸の暮らし向きが多くなり、よそからの浪人などを召し抱えて、江戸で旦那寺をこしらえさせるので、右の文言は大きな偽りとなった。一巻目で述べたように、出替り奉公人を皆地頭請けにすれば、宗門手形は在所で済むことになるので、昔に返って、右の文言のとおりで少しも偽りにならないだろう。何事も世の風俗の移り変わることを心得ないので、このような誤りがあると知るべきである。
解説
この章句が説くこと
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『政談』出替り奉公人の締りの事仮令その奉公人の主人のかたに差合これあり、名を付けかゆるとも手形には在所にて人別帳に載たる名をしるすへし、をなしくはさし合あるとて名を付けかゆることは天下一統禁制し、人々名を私にかゆることは天下一統罪に申し付べし、人別帳と云ふ物は至極に重きものにして天子も拝したまふ程のことなれば、微細のことまでもをちこれなきやうにすることなり、宗旨の事も元来其在所の人別帳に載てこれあるなれば、別に宗門手形に及はさることなり、宗門のあらためをあまり大切にするとて、受人より手形を取ることに仕たれども、それはあまり繁多なる故、受状に書載させ、江戸にて旦那寺を拵らへ、代々何宗とすること全体偽りなり、法を立んとて偽りを教ゆ、その偽りの手形を厳しく取りて宗門のあらためを大切にするふりをするは埓もなきことなり、
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『政談』出替り奉公人の締りの事御城下の町人は町々に人別帳あれども店を逐立て、又自分よりも店替する事自由なり、元来他国よりのあつまりものにて親類も御当地になし、根本来歴を誰もしらぬ者なり、さて奉公人は皆田舎より新たに出たるものにて、受人とは元来よりの知る人にてもなきに請に立つことなり、それ故人主を立つれども人ぬし又住所を定めず、さて人召し置くものは手形一枚を証拠として、誰何町の誰店と云ふことばかりを目あてとして召し置くことなり、これ元来その不慥なるを搆はず只公法を以て召おくなれば、御先々前御代にうけ人の家主にかゝること無理なるやうなれども、元来人召しおくものゝ目あてともする所斯の如くなるやうに法を立てたることは無理と云ひがたし、されども受に立ちたるは家主は知らぬことなりと云ふところより見れば無理なるやうなり、されども家賃店賃を取るべきためにもともしらぬ者に店をかすより悪事出来するなれば、公法を丈夫に立つる仕方は家主にかゝることとも云ふべし、されども元来その公法の立てやう宜しからざる所より様々の奸曲出来る故、当時さばきを仕かへて見れば、家主のため計りになりて受人の奸曲同じことなり、これ皆宜しからざる法を其儘にし置きて、其上にて様々とさはきを仕かゆる故、何ほど仕かへても行きとゞかざることなり、
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『政談』武家旅宿の境遇を改むる事又上総の国に新門徒と云ふものあり、日蓮宗の一派なり、其の元祖は秀頼卿帰伏の僧にて、上総より上方へ升り討策の相手と成り、御当家を調伏して終に御仕置きになる、夫の僧上方より金銀を取べきため上総の百姓に上人号を許し、まんだらを伝授す、夫れを俗人も段々に受け伝へて之れを新門徒と云ふ、旦那寺は持ちなから寺を曽て用ひす、人死すれは旦那寺の引導したるあとにて火を打ち清めて引導を夫の俗上人仕置す、金を出して人をだまして其の宗門に引き入るゝこと吉利支丹の如し、旦那寺へは一年に何程と定めて米を贈くりて出て入りするものなし、乱行の出家は旦那の来ぬを悦ひて知りつゝ住持すると云へり、初めは一二ケ村なりしか中比は夥しくひろまり、数十ヶ村に成りたりと承はる、箇様なることも手前は搆はぬことゝて申し出つるものなし、田舎には此のたくひのこと尚ほ多かるへし、
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『政談』出替り奉公人の締りの事此のこと中頃より人を殺すを不仁なるなとゝ云ふやうなる理屈はやりて、夫に武家にあるましき利勘の詮議を第一にするより、給金を取戻すにて欠落の罪消え行き、法の乱れたる故近年欠落することを奉公人の常とする風俗、斯の如く執行はずは曽て巳へからさるなり、当時は地頭御代官も手前の知行所支配所より事の出るを外聞悪しきとて、奉公人の出るを知らぬ分にする事当時の風俗なり、されども何程知らぬ分にするとも知行支配たる百姓にはまぎれなし、其者のいつ方に居るか知ぬことは己が職分を忘れたるなり、又きみかまを立つる風俗にて手前の知行支配のものと他の人との勝負をおもふこゝろ是れ亦御城下にての公法をないかしろにし上を敬はさる我意なれは、斯の如くの風俗の衰ふるやうに有りたきことなり、さて又その奉公人御当地出生のものならば、町にても武家にても其家本より証文を出し諸事右の如くなるべし、地頭御代官もその家もとも公法を重んする所をきつとまもり、粗末に取りあつかふべからざることなり、
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『政談』誓詞の事唯若き御主人なとの虚病の疑ひ甚しきを、時の執政其の疑ひを晴さんために誓文を立てさせたるか、今の世には例となりたるなるへし、されども当分埓を明けたるまての仕方にて、誓文には虚実は知れぬことなれは詮もなきことなる上に、跡の残りを見れは偽りを教へ神明をなきものと思はすることになりて、甚宜しからさることなり、其の支配頭組子の治めを職分の第一とすることならは、誓文状を出さすとも自から虚病は少しは仕方あるへきなり、
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『政談』出替り奉公人の締りの事受人と云ふものは人召し置くものゝ兼て知りたるものにてもなく、何を慥なるとも思はねども、唯一枚の手形を証拠にして公法を以て召しをくことなり、手形に何町誰店とあるばかり証拠なれば、其の所を欠落する故すべきやうなし、このだん元来制度よろしからざる故なり、元来受人と云ふことは其初め田舎より起りたることなり、田舎にては受に立つ人は其所の百姓にて、何村誰の支配のものと云ふこと慥かなることなり、百姓と云ふものは田地屋敷を持ちて居るゆゑに、田地を弃てゝ迯げ走るものにあらず、親類もその所に充満し、先祖より代々其所に居住する故慥かなることなり、それ故田舎にては御当地のやうなることは曽てなきなり、その法を持ち来り御城下にて執り行ふ故行届かざることなり、
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