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政談 / 出替り奉公人の締りの事

御城下の町人は町々に人別帳あれども店を逐立て、又自分よりも店替する事自由なり、元來他國よりのあつまりものにて親類も御當地になし、根本來歷を誰もしらぬ者なり、さて奉公人は皆田舍より新たに出たるものにて、受人とは元來よりの知る人にてもなきに請に立つことなり、それ故人主を立つれども人ぬし又住所を定めず、さて人召し置くものは手形一枚を證據として、誰何町の誰店と云ふことばかりを目あてとして召し置くことなり、これ元來その不慥なるを搆はず只公法を以て召おくなれば、御先々前御代にうけ人の家主にかゝること無理なるやうなれども、元來人召しおくものゝ目あてともする所斯の如くなるやうに法を立てたることは無理と云ひがたし、されども受に立ちたるは家主は知らぬことなりと云ふところより見れば無理なるやうなり、されども家賃店賃を取るべきためにもともしらぬ者に店をかすより惡事出來するなれば、公法を丈夫に立つる仕方は家主にかゝることとも云ふべし、されども元來その公法の立てやう宜しからざる所より樣々の奸曲出來る故、當時さばきを仕かへて見れば、家主のため計りになりて受人の奸曲同じことなり、これ皆宜しからざる法を其儘にし置きて、其上にて樣々とさはきを仕かゆる故、何ほど仕かへても行きとゞかざることなり、

新字:御城下の町人は町々に人別帳あれども店を逐立て、又自分よりも店替する事自由なり、元来他国よりのあつまりものにて親類も御当地になし、根本来歴を誰もしらぬ者なり、さて奉公人は皆田舎より新たに出たるものにて、受人とは元来よりの知る人にてもなきに請に立つことなり、それ故人主を立つれども人ぬし又住所を定めず、さて人召し置くものは手形一枚を証拠として、誰何町の誰店と云ふことばかりを目あてとして召し置くことなり、これ元来その不慥なるを搆はず只公法を以て召おくなれば、御先々前御代にうけ人の家主にかゝること無理なるやうなれども、元来人召しおくものゝ目あてともする所斯の如くなるやうに法を立てたることは無理と云ひがたし、されども受に立ちたるは家主は知らぬことなりと云ふところより見れば無理なるやうなり、されども家賃店賃を取るべきためにもともしらぬ者に店をかすより悪事出来するなれば、公法を丈夫に立つる仕方は家主にかゝることとも云ふべし、されども元来その公法の立てやう宜しからざる所より様々の奸曲出来る故、当時さばきを仕かへて見れば、家主のため計りになりて受人の奸曲同じことなり、これ皆宜しからざる法を其儘にし置きて、其上にて様々とさはきを仕かゆる故、何ほど仕かへても行きとゞかざることなり、

書き下し

御城下の町人は町々に人別帳あれども店を逐立て、又自分よりも店替する事自由なり、元来他国よりのあつまりものにて親類も御当地になし、根本来歴を誰もしらぬ者なり、さて奉公人は皆田舎より新たに出たるものにて、受人とは元来よりの知る人にてもなきに請に立つことなり、それ故人主を立つれども人ぬし又住所を定めず、さて人召し置くものは手形一枚を証拠として、誰何町の誰店と云ふことばかりを目あてとして召し置くことなり、これ元来その不慥なるを搆はず只公法を以て召おくなれば、御先々前御代にうけ人の家主にかゝること無理なるやうなれども、元来人召しおくものゝ目あてともする所斯の如くなるやうに法を立てたることは無理と云ひがたし、されども受に立ちたるは家主は知らぬことなりと云ふところより見れば無理なるやうなり、されども家賃店賃を取るべきためにもともしらぬ者に店をかすより悪事出来するなれば、公法を丈夫に立つる仕方は家主にかゝることとも云ふべし、されども元来その公法の立てやう宜しからざる所より様々の奸曲出来る故、当時さばきを仕かへて見れば、家主のため計りになりて受人の奸曲同じことなり、これ皆宜しからざる法を其儘にし置きて、其上にて様々とさはきを仕かゆる故、何ほど仕かへても行きとゞかざることなり、

現代語訳

御城下の町人は町ごとに人別帳(住民台帳)があるけれども、店を追い立てられたり、自分から店替えしたりすることが自由である。もともと他国からの寄り集まりで、親類も江戸にはおらず、素性や来歴を誰も知らない者である。さて奉公人はみな田舎から新たに出てきた者で、請人とはもとからの知り合いでもないのに請人に立つのである。それゆえ人主(身元引受人)を立てても、人主もまた住所を定めない。さて人を召し置く者は手形一枚を証拠として、「誰、何町の誰の店」ということだけを目当てにして召し置くのである。これはもともとその不確かなことを構わず、ただ公の法によって召し置くのであるから、先々代の御代に請人の家主に責任を負わせたことは無理なようだが、もともと人を召し置く者が目当てとするところがこうなるように法を立てたのだから、無理とは言いにくい。けれども、請人に立ったことは家主は知らないことだ、というところから見れば無理なようでもある。しかし家賃や店賃を取るために、もともと知らない者に店を貸すことから悪事が起こるのだから、公の法を丈夫に立てるやり方としては家主に負わせることだとも言える。けれども、もともとその公の法の立て方がよくないところからさまざまな悪だくみが起こるので、今、裁きを変えてみれば家主のためばかりになって、請人の悪だくみは同じことである。これはみな、よくない法をそのままにしておいて、そのうえでさまざまに裁きを変えるので、どれほど変えても行き届かないのである。

解説

城下の町人は他国からの寄り集まりで素性が知れず、店替えも自由である。そんな者同士が請人・人主に立つのだから、保証は根なし草になる。家主に責任を負わせるか否かを行ったり来たりした幕府の裁きを、徂徠は一つずつ検討したうえで、どちらに振っても悪だくみは消えないと結論する。悪い法を据え置いて運用だけを変えても無駄だ、という一句は政談の核心の一つである。現場の運用ルールを何度改訂しても問題が再発するなら、疑うべきは運用ではなく制度の土台である。

この章句が説くこと

制度運用人別帳根本改訂家主

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