政談 / 誓詞文言の事
誓詞の文言に別しては伊豆箱根兩所權現と書くこと文盲の至りなり、是は貞永式目にあることを書札者か手本に出たしたれは、夫を何の詮議もなく用ひたるなり、貞永式目は北條家公事裁判に依怙をせましきと云ふ誓文なり、北條の在所伊豆なり、鎌倉は箱根に近し、故に伊豆箱根と書きたる也、今は國隔たり伊豆箱根の權現をは平生は信せずに、日本國中にていつかたにても斯の如く書くこと埓もなきことなり、其の所にて第一に尊敬する神社を用ゆべき也、
新字:誓詞の文言に別しては伊豆箱根両所権現と書くこと文盲の至りなり、是は貞永式目にあることを書札者か手本に出たしたれは、夫を何の詮議もなく用ひたるなり、貞永式目は北条家公事裁判に依怙をせましきと云ふ誓文なり、北条の在所伊豆なり、鎌倉は箱根に近し、故に伊豆箱根と書きたる也、今は国隔たり伊豆箱根の権現をは平生は信せずに、日本国中にていつかたにても斯の如く書くこと埓もなきことなり、其の所にて第一に尊敬する神社を用ゆべき也、
書き下し
誓詞の文言に別しては伊豆箱根両所権現と書くこと文盲の至りなり、是は貞永式目にあることを書札者か手本に出たしたれは、夫を何の詮議もなく用ひたるなり、貞永式目は北条家公事裁判に依怙をせましきと云ふ誓文なり、北条の在所伊豆なり、鎌倉は箱根に近し、故に伊豆箱根と書きたる也、今は国隔たり伊豆箱根の権現をは平生は信せずに、日本国中にていつかたにても斯の如く書くこと埓もなきことなり、其の所にて第一に尊敬する神社を用ゆべき也、
現代語訳
誓詞の文言に、とりわけ「伊豆箱根両所権現」と書くのは、文盲の至りである。これは貞永式目にあることを、書札(書式)を扱う者が手本に出したので、それを何の詮議もなく用いたのである。貞永式目は北条家が訴訟の裁判でえこひいきをしないという誓文である。北条の在所は伊豆である。鎌倉は箱根に近い。だから伊豆・箱根と書いたのである。今は国が隔たり、伊豆・箱根の権現を平生は信じてもいないのに、日本国中どこでもこのように書くのは、筋の通らないことである。その土地で第一に尊敬する神社を用いるべきである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『政談』誓詞の事当時誓詞と云ふこと盛にて御作法の様に成り、役替のたびに誓詞をし、駕籠の誓詞又は病気のことはりに誓文状を出たすこと宜しからさることなり、聖人の法に誓詞は出神の前にすることなり、それも軍兵にさすることには非らす、大将より士卒へ向ひて賞罰を約束の如く少しも違へまじきと云ふ誓言なり、惣して末永きことには誓詞は守られぬもの也、永きことには気たゆみ失念も有て誓詞を破ることあるものなる故、誓詞は一たんの事に限るへし、其上度々誓詞をすれはなれこに成りて神明を恐るゝ心薄く成る故、却て偽りを教ゆるなか立ちとなる、誓詞と云ふことも世間になくて叶はさることなるに、誓詞を破るやうにするは宜しからざることなり、一たんのことに用ゆるは人の心を堅くして、誓詞の徳あり、
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『政談』誓詞の事唯若き御主人なとの虚病の疑ひ甚しきを、時の執政其の疑ひを晴さんために誓文を立てさせたるか、今の世には例となりたるなるへし、されども当分埓を明けたるまての仕方にて、誓文には虚実は知れぬことなれは詮もなきことなる上に、跡の残りを見れは偽りを教へ神明をなきものと思はすることになりて、甚宜しからさることなり、其の支配頭組子の治めを職分の第一とすることならは、誓文状を出さすとも自から虚病は少しは仕方あるへきなり、
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『政談』誓詞の事国方なとにては組頭と云ふものは、其の一組の士を病気も幼少も息災にて勤むるも皆同く支配し、偖江戸の勤めは別に番頭と云ふ者ありて、其の下知を受て勤むることにて、其の組頭の支配の内より番替を以て番頭下へつかはすとき、病気幼少のものにあたれは一組の内より外の人を代りに出たし、その本人よりわり合はせをつかはす故、身上のならぬものは病気幼少の代りを願ひて、ひたものつとむること御当地の取り人の如し、さてわり合ひを出たすこと故勝手に宜しからされは自から虚病は少きと承はる、箇様なる仕方能く詮議せは有るへきことなり、兎角当時の誓詞は御作法のやうに成りて詮なきことなれは、一向に停止なりて唯大名の国なとへ御目付けに行くなと、其の外にも時にとりて当座きりの御用にばかり大切なることに誓詞仰せ付られ然るへき也、
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『政談』誓詞の事駕籠の誓詞は先つ第一奉公人の年多くは実の年にあらさる故最初より誓詞を破るなり、駕籠は其頭其主人より断はりならは誓詞なくて苦しからさることなり、奉公人の虚病を搆ふることも詮方なきことなり、虚病に様々の仔細あり、勝手はたとならさる故、虚病を搆ふること当時多きなり、さらば殊の外に不足なる人を親類寄り合ひて、病気に申し立つるもあり、さては殊の外にこへせまりて勤め成りかたき故病気也と云ふもあり、さてはむら気なることあるを騷気と云ひ立つれは、身上立たさる故病気と申し立てさするもあり、さてはしゆつくはいの筋にて虚病を搆ふるもあり、さては強ちにしゆつくはいにてはなけれとも、時節を考へて引こむものもあり、又は頭と不和成る故引こむへきために病気と云ふもあり、又は耻辱をかきたることありて面白くなくて引こむもあり、
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『政談』誓詞の事耻辱をかきたること有て病と称するは士の意持なれは捨られぬ事なり、古より志ある人奉公をせまじきと思ふときは病と称すること古礼也、射は男子のせて叶はさるわざなる故、不得手なる人は射礼のときは不得手なりとは云はずして病と称することあり、又堂上かたにて歌の御会のとき歌不得手なる人は所労の仔細有ると云ふこと、皆上へ対して偽りを云ふて不忠の沙汰にはならぬことなり、特に時節を考へ、悪人の上にあるときは病を称して引こむより外に仕方はなきことなる故、古より虚病を搆ふる人に賢者は多き也、
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『政談』宗門手形の事宗門手形に代々何宗と書すること偽りを教ふるなり、公法の第一厳密にすることに偽りを教へて、其れを定法と覚ゆるは不詮議の至り云はんかたなし、当時は何事も斯の如く法を立つると云へは、下に偽りを教ふることに成る故、下に偽り多きは畢竟上の教なりと云ふへし、されとも吉利支丹宗門の御改めのことは、僅に百年以前に始まりたることにて、右の文言其の時分に立てたる法なり、其のときは武家皆知行所に居住し、家来多くは譜代者なり、さなきも皆知行所のものなれは、右の文言全く偽りにあらす、然るに世移りて武家江戸住居と成り、譜代なくなりて出替りものをつかひ、其の出替りもの皆ふてんに御城下にて召し置くことにて、其の来歴の知れすに、御城下にて請人を立て其の請人の寺を旦那寺にし、又大名の家来も江戸勝手多くなり、他所の浪人なとを召し置きたるに、江戸にて旦那寺を拵へさする故、右の文言大なる偽りとなりたり、一巻目に云ひたるが如く出替り奉公人を皆地頭請にせは、宗門手形は在所にて済むこと成る故、昔にかへりて右の文言の通りにて少しも偽りになるましきなり、何事も世の風俗の移り行くことを心得ぬ故、斯の如き誤りありと知るへきなり、
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