政談 / 御殿の事
殿中御修理の時分心得あるへきことあり、古代は禁裡も其外も皆家をつくりきくにして間に空地多し、故に火事地震の節宜しきなり、又人數をまはすに自由なり、天子は地を踏み玉はすと云ふことは皆後代の作り事なり、中頃より家をつくりつゝけにすることに成りたり、平日は雨にぬれず徃來自由なれとも、古法に違ひたること故その害も亦多し、殿中なとは皆々廣大なるつくりつゝけ成る故火も消え難かるへし、又廣大に作りつゝけたる故所々皆引窓にて明りを取ることなれは、火のこの防きかたかるへし、御庭少なく、大地震の節人々怪我の氣遣ひなきにあらす、此等は御修理之ある時分仕方心得あるへきこと也、
新字:殿中御修理の時分心得あるへきことあり、古代は禁裡も其外も皆家をつくりきくにして間に空地多し、故に火事地震の節宜しきなり、又人数をまはすに自由なり、天子は地を踏み玉はすと云ふことは皆後代の作り事なり、中頃より家をつくりつゝけにすることに成りたり、平日は雨にぬれず往来自由なれとも、古法に違ひたること故その害も亦多し、殿中なとは皆々広大なるつくりつゝけ成る故火も消え難かるへし、又広大に作りつゝけたる故所々皆引窓にて明りを取ることなれは、火のこの防きかたかるへし、御庭少なく、大地震の節人々怪我の気遣ひなきにあらす、此等は御修理之ある時分仕方心得あるへきこと也、
書き下し
殿中御修理の時分心得あるへきことあり、古代は禁裡も其外も皆家をつくりきくにして間に空地多し、故に火事地震の節宜しきなり、又人数をまはすに自由なり、天子は地を踏み玉はすと云ふことは皆後代の作り事なり、中頃より家をつくりつゝけにすることに成りたり、平日は雨にぬれず往来自由なれとも、古法に違ひたること故その害も亦多し、殿中なとは皆々広大なるつくりつゝけ成る故火も消え難かるへし、又広大に作りつゝけたる故所々皆引窓にて明りを取ることなれは、火のこの防きかたかるへし、御庭少なく、大地震の節人々怪我の気遣ひなきにあらす、此等は御修理之ある時分仕方心得あるへきこと也、
現代語訳
殿中の修理のときに心得ておくべきことがある。古代は禁裏もそのほかも皆、家を別棟に分けて造り、間に空き地が多かった。だから火事や地震のときによいのである。また人数を回すのにも自由である。天子は地を踏まれないというのは、皆後代の作り事である。中ごろから家を続けて造ることになった。平日は雨にぬれず往来が自由であるが、古法に違ったことなので、その害もまた多い。殿中なども皆広大な続き造りであるから、火も消えにくいだろう。また広大に造り続けているので、あちこち皆引き窓で明かりを取ることになり、火の粉を防ぎにくいだろう。庭が少なく、大地震のときに人々がけがをする心配がないとは言えない。これらは修理のある時に、やり方を心得ておくべきことである。
解説
この章句が説くこと
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『学問のすゝめ』十六編・心事と働きと相当すべきの論・心事と働きという二語を用いてさればこの議論と実業とは寸分も相齟齬せざるよう正しく平均せざるべからざるものなり。今、初学の人の了解に便ならしめんがため、人の心事と働きという二語を用いて、その互いに相助けて平均をなし、もって人間の益を致す所以と、この平均を失うよりして生ずるところの弊害を論ずること左のごとし。
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『墨子』備高臨臨むに連弩の車を以てす。杖は大方一方一尺、長さは城の薄厚に稱う。兩軸三輪、輪は筐中に居り、下上の筐を重ぬ。左右の旁に二植、左右に衡植有り。衡植の左右、皆な圜内、内徑四寸。左右に弩を縳るは皆な植に於いてし、鈎を以て大弩の臂の前後に至りて筐と齊し。筐の髙さ八尺、弩軸は下筐を去ること三尺五寸。連弩の機郭は銅を同じくすること一石三十斤、鹿を引くこと長奴。筐の大いさ三圍半、左右に鉤距有り、方三寸、輪の厚さ尺二寸、銅距の臂は博さ尺四寸、厚さ七寸、長さ六尺。横臂は筐外に齊しく、蚤は尺五寸、距有り、博さ六寸、厚さ三寸、長さは筐の如し。儀有り、詘勝有り、上下す可し。武を為すに重さ一石、材の大いさ五寸を以てす。矢の長さ十尺、繩を以て矢端にし、戈を射るが如くす。□を以て卷き牧む。矢は弩臂を髙くすること三尺、弩を用うるに數無く、人を出だすこと六十枚、小矢を用うるに留むる無し。十人、此の車を主る。遂に寇を具え、髙樓を為りて以て道を射、城上、答を以て矢を羅む。
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『墨子』公輸是に於いて公輸盤に見ゆ。子墨子、帶を解きて城と為し、牒を以て械と為す。公輸盤、九たび攻城の機變を設く。子墨子、九たび之を距ぐ。公輸盤の攻械、盡き、子墨子の守圉、餘り有り。公輸盤、詘して曰く、「吾れ子を距ぐ所以を知れり。吾れ言わず」と。子墨子も亦た曰く、「吾れ子の我を距ぐ所以を知れり。吾れ言わず」と。楚王、其の故を問う。子墨子曰く、「公輸子の意は、臣を殺さんと欲するに過ぎず。臣を殺さば、宋、能く守ること莫く、攻む可し。然れども臣の弟子禽滑釐等三百人、已に臣の守圉の器を持し、宋の城上に在りて楚の冦を待てり。臣を殺すと雖も、絶つこと能わざるなり」と。楚王曰く、「善いかな。吾れ請う、宋を攻むること無からん」と。
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老子・第11章三十輻は一轂を共にす、其の無に当たりて、車の用有り。埴を埏ねて以て器と為す、其の無に当たりて、器の用有り。戸牖を鑿ちて以て室と為す、其の無に当たりて、室の用有り。故に有の以て利を為すは、無の以て用を為せばなり。
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論語・顔淵篇子曰く、訟を聴くは、吾猶お人のごときなり。必ずや訟無からしめんか。
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