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論語 / 顔淵篇

子曰:「聽訟,吾猶人也;必也使無訟乎!」

新字:子曰:「聴訟,吾猶人也;必也使無訟乎!」

書き下し

子曰く、訟を聴くは、吾猶お人のごときなり。必ずや訟無からしめんか。

現代語訳

先生がおっしゃった。「訴訟を裁くことについては、私も人並みである。だが望むのは、訴訟そのものが起きないようにすることだ。」

解説

裁く技術ではなく、争いが生じない状態を目標に置いている。問題処理の巧拙より、問題が発生しない構造を作るほうが上だという立場だ。しかも孔子は、自分の裁きの腕を人並みだと認めている。得意分野で勝負しない宣言でもある。組織運営に置き換えると、この視点は効き目が大きい。トラブル対応が上手い人は重宝されるし、本人もそこで評価を得る。だが、対応の上手さは問題の発生を減らさない。むしろ、対応できてしまうことで、根本の設計が放置される。無訟を目指すとは、自分の出番を減らす方向へ働くということでもある。有能な人ほど、この選択は取りにくい。処理の名人でいるほうが、目に見える貢献になるからだ。

この一句を、あなたの毎日に。

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