政談 / 內曲輪外曲輪御門番の事
內曲輪にて供の者に笠を脫かする事內曲輪外曲輪の御門にては笠を脫がすへし、馬乘は片鐙を外つし、乘物は女中病人の外は戶を明くへし、箱根等の關所にてさへ辭儀有り、畢竟御城の廓門なる故禮儀斯の如くなるへし、古禮には公門に式すと云ふこと有るなり、近頃內曲輪にて供のものに日照笠をかふらせさすこと是れは聞えさること也、惣して供のものゝ日照笠をかふると云ふこと昔はなきことなり、御先々前御代に下々の炎天に頭を照らせらるゝを不憫に思召して上意あるより、承り傳へ人々炎天に笠をかふせたり、されとも屹としたる仰渡れもなけれは、二三年の間はかふらするものもあり、かふらせぬものもあり、その主人〳〵の心次第也、後は一同に風俗となりてかふせたり、されとも其主人かふれと云はされは下々もかふらす、是れ元來己か主人への禮儀にてかふらぬと云ふ事を下々も知りて斯の如し、屹としたる仰渡されなとも元來かふらぬこと故、飛越して公儀より仰渡さるゝ筋にもあらす、
新字:内曲輪にて供の者に笠を脱かする事内曲輪外曲輪の御門にては笠を脱がすへし、馬乗は片鐙を外つし、乗物は女中病人の外は戸を明くへし、箱根等の関所にてさへ辞儀有り、畢竟御城の廓門なる故礼儀斯の如くなるへし、古礼には公門に式すと云ふこと有るなり、近頃内曲輪にて供のものに日照笠をかふらせさすこと是れは聞えさること也、惣して供のものゝ日照笠をかふると云ふこと昔はなきことなり、御先々前御代に下々の炎天に頭を照らせらるゝを不憫に思召して上意あるより、承り伝へ人々炎天に笠をかふせたり、されとも屹としたる仰渡れもなけれは、二三年の間はかふらするものもあり、かふらせぬものもあり、その主人〳〵の心次第也、後は一同に風俗となりてかふせたり、されとも其主人かふれと云はされは下々もかふらす、是れ元来己か主人への礼儀にてかふらぬと云ふ事を下々も知りて斯の如し、屹としたる仰渡されなとも元来かふらぬこと故、飛越して公儀より仰渡さるゝ筋にもあらす、
書き下し
内曲輪にて供の者に笠を脱かする事内曲輪外曲輪の御門にては笠を脱がすへし、馬乗は片鐙を外つし、乗物は女中病人の外は戸を明くへし、箱根等の関所にてさへ辞儀有り、畢竟御城の廓門なる故礼儀斯の如くなるへし、古礼には公門に式すと云ふこと有るなり、近頃内曲輪にて供のものに日照笠をかふらせさすこと是れは聞えさること也、惣して供のものゝ日照笠をかふると云ふこと昔はなきことなり、御先々前御代に下々の炎天に頭を照らせらるゝを不憫に思召して上意あるより、承り伝へ人々炎天に笠をかふせたり、されとも屹としたる仰渡れもなけれは、二三年の間はかふらするものもあり、かふらせぬものもあり、その主人〳〵の心次第也、後は一同に風俗となりてかふせたり、されとも其主人かふれと云はされは下々もかふらす、是れ元来己か主人への礼儀にてかふらぬと云ふ事を下々も知りて斯の如し、屹としたる仰渡されなとも元来かふらぬこと故、飛越して公儀より仰渡さるゝ筋にもあらす、
現代語訳
内曲輪で供の者に笠を脱がせること。内曲輪・外曲輪の御門では笠を脱がせるべきである。馬に乗る者は片方の鐙を外し、乗物(駕籠)は女中や病人のほかは戸を開けるべきである。箱根などの関所でさえ礼儀がある。つまるところ御城の郭の門であるから、礼儀はこのようであるべきだ。古礼にも「公門に式す」(主君の門の前では車上で敬礼する)ということがある。近ごろ内曲輪で供の者に日除けの笠をかぶらせないことにしたが、これは筋の通らないことである。総じて供の者が日除けの笠をかぶるということは、昔はなかった。先々前代(五代綱吉)の御代に、下々の者が炎天に頭を照らされるのを不憫にお思いになって上意があり、それを伝え聞いて人々が炎天に笠をかぶらせるようになった。けれども、はっきりとしたお達しもなかったので、二、三年の間は、かぶらせる者もあり、かぶらせない者もあって、その主人ごとの心次第であった。のちには一様に風俗となってかぶらせるようになった。それでも主人がかぶれと言わなければ、下々もかぶらない。これはもともと自分の主人への礼儀としてかぶらないのだということを、下々も知っているからこうなのである。はっきりしたお達しもなく、もともとかぶらないことなのだから、主人を飛び越えて公儀からお達しになる筋のことでもない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『武士道』第六章 禮儀・絶えず移りゆく流行を追う愚宜なり、衣食足りて礼節を知ると謂ひ、又たヴェブレン氏が多趣味の著『有閑階級論』に於て、礼は『有閑階級者の生活の産む所にして、又た之を表するものなり』と云ふこと。欧人ややもすれば我が礼儀の委曲繊巧に流るるを嗤ひ、思慮を役する大にして、之を固守すること其愚及ぶべからずと評す。予も亦た礼儀の繁縟なるよりして、徒に無用の細節に泥むことあるを知る。されど、泰西の絶えず移りゆく流行を追ふの愚に比するに、予は、にはかに其優劣を判ずるに苦しむものなり。然るに予は彼の流行すらも、なお之を目して、虚栄の癖好なりとせざるのみならず、反つて之を認めて、人心の断えず美を慕ふ所以なりとす。されば何すれぞ、繊巧なる儀礼を以て全く取るに足らずとせんや。
-
『呻吟語』内篇・應務・相忘るるの怒詈相嫌ふの敬慎は、相忘るるの怒詈に若かず。
-
孟子・離婁章句上孟子曰く、「恭者は人を侮らず、儉者は人より奪わず。人を侮り奪うの君は、惟だ順わざらんことを恐る。惡くんぞ恭儉を為すを得んや。恭儉は豈に聲音笑貌を以て為す可けんや。」
-
『酔古堂剣掃』集靈・終に泥塑の人と成る子弟の排場は、舉止有りて飛揚を謝すれば、纏頭の錦を博し難く、主賓の禦席は、廉隅を務めて蘊藉少なければ、終に泥塑の人と成る。
-
葉隠・聞書第一何某(なにがし)へ町方(まちかた)の何某が訴状(そじょう)を渡すべしと申し候時、請け取るまじきと申し候を、何某が居合わせ、「まず請け取り置き候て、無用と候わば返し申され候えかし」と申し候に付いて、「さらば請け取り置くべし」と申し候時、「請け取らせる物を請け取らずに置く事がなるものか」と、いやしめ申され候由、話す人あり。役所々々(やくしょやくしょ)にて慇懃に取り合うのが士の作法にてあらずとなり。
-
『十七条憲法』第四条四に曰わく、群臣(まえつきみ)百寮(もものつかさ)、礼を以て本(もと)と為(せ)よ。其れ民を治むるの本、要(かなめ)は礼に在り。上(かみ)礼無くんば下(しも)斉(ととの)わず。下(しも)礼無くんば以て必ず罪有り。是(ここ)を以て、群臣礼有れば、位次(くらい)乱れず。百姓(ひゃくせい)礼有れば、国家(こっか)自(おのずか)ら治まる。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る