政談 / 諸役人閑暇にして政務に工夫を用ひ身を踏込むべき事
仁と云へはとて朱子學の儒者などの云ふやうに、下を憫み慈悲をすると云ふやうなることばかりにあらず、又た誠を以て下をあいしらい、或は理の儘に取り捌くと云ふやうなることにもあらず、父母の子をあいしらふは叩きもする、折檻をもする、だましもする、唯〻面倒を能く見て親切にし、兎角下の成立やうにすることなり、左れば治めの筋は上へも外へも見えぬものなり、年月を經て後ち其治めの善きと云ふこと知らるゝことなり、左れは身に踏込みて人見人聞を搆はぬ心に非れは成らぬことなり、
新字:仁と云へはとて朱子学の儒者などの云ふやうに、下を憫み慈悲をすると云ふやうなることばかりにあらず、又た誠を以て下をあいしらい、或は理の儘に取り捌くと云ふやうなることにもあらず、父母の子をあいしらふは叩きもする、折檻をもする、だましもする、唯〻面倒を能く見て親切にし、兎角下の成立やうにすることなり、左れば治めの筋は上へも外へも見えぬものなり、年月を経て後ち其治めの善きと云ふこと知らるゝことなり、左れは身に踏込みて人見人聞を搆はぬ心に非れは成らぬことなり、
書き下し
仁と云へはとて朱子学の儒者などの云ふやうに、下を憫み慈悲をすると云ふやうなることばかりにあらず、又た誠を以て下をあいしらい、或は理の儘に取り捌くと云ふやうなることにもあらず、父母の子をあいしらふは叩きもする、折檻をもする、だましもする、唯〻面倒を能く見て親切にし、兎角下の成立やうにすることなり、左れば治めの筋は上へも外へも見えぬものなり、年月を経て後ち其治めの善きと云ふこと知らるゝことなり、左れは身に踏込みて人見人聞を搆はぬ心に非れは成らぬことなり、
現代語訳
仁といっても、朱子学の儒者などが言うように、下をあわれみ慈悲をかけるということばかりではない。また、誠をもって下に接するとか、理のままに取りさばくというようなことでもない。父母が子に接するときは、叩きもするし、折檻もするし、だましもする。ただ面倒をよく見て親切にし、とにかく下が成り立つようにすることである。だから治めの筋道は、上にも外にも見えないものである。年月を経てのちに、その治めがよかったことが知られるのである。それゆえ、身を踏み込んで、人の見聞きを気にしない心でなければできないことである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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論語・雍也篇宰我問いて曰く、「仁者は之に告げて『井に仁有り』と曰うと雖も、其れ之に従わんか。」子曰く、「何為れぞ其れ然らんや。君子は逝かしむ可きも、陥る可からず。欺く可きも、罔う可からず。」
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論語・八佾篇子曰く、人にして仁ならずんば、礼を如(いかん)せん;人にして仁ならずんば、楽を如せん。
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論語・憲問篇「克・伐・怨・欲、行われずんば、以て仁と為す可きか。」子曰く、「以て難しと為す可し。仁は則ち吾知らざるなり。」
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論語・里仁篇子曰わく、不仁者は久しく約に処るべからず、長く楽に処るべからず。仁者は仁に安んじ、知者は仁を利とす。
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論語・里仁篇子曰わく、ただ仁者のみよく人を好み、よく人を悪む。
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論語・微子篇微子これを去り、箕子これに為に奴となり、比干諫めて死す。孔子曰わく、殷に三仁有り。
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