政談 / 諸役人閑暇にして政務に工夫を用ひ身を踏込むべき事
昔板倉周防守下向したるとき、松平伊豆守申したるは、上にも段々御政務に御心を盡され候、上方のことをも委細に聞しめしたく思召し候間、向後は仲間へ遣され候書狀は今ま少し念を入れ、上方のことを上聞に入るゝやうに、致さるべしと云ふとき、周防守答に百二十里隔りたる先きのことなる故、上に何程御發明に御座あそばされ候とも御夕越には御存しこれなきことなり、其の爲めに周防守を差置るゝことなれは申し上ぐるに及はず候と答たり、偖は周防守は身を踏込て勤むるものなりとて御感悅淺らざりけるとなり、書狀はいつも上の御機嫌を伺ひ、偖堂上方替ることなしとばかりにて恐惶謹言と留て、何事も申し越さぬと承はる、責めて今の世にも大役の人は周防守か半分の器量もあらば、世間の人に風儀移りてよかるべしと思はる、
新字:昔板倉周防守下向したるとき、松平伊豆守申したるは、上にも段々御政務に御心を尽され候、上方のことをも委細に聞しめしたく思召し候間、向後は仲間へ遣され候書状は今ま少し念を入れ、上方のことを上聞に入るゝやうに、致さるべしと云ふとき、周防守答に百二十里隔りたる先きのことなる故、上に何程御発明に御座あそばされ候とも御夕越には御存しこれなきことなり、其の為めに周防守を差置るゝことなれは申し上ぐるに及はず候と答たり、偖は周防守は身を踏込て勤むるものなりとて御感悦浅らざりけるとなり、書状はいつも上の御機嫌を伺ひ、偖堂上方替ることなしとばかりにて恐惶謹言と留て、何事も申し越さぬと承はる、責めて今の世にも大役の人は周防守か半分の器量もあらば、世間の人に風儀移りてよかるべしと思はる、
書き下し
昔板倉周防守下向したるとき、松平伊豆守申したるは、上にも段々御政務に御心を尽され候、上方のことをも委細に聞しめしたく思召し候間、向後は仲間へ遣され候書状は今ま少し念を入れ、上方のことを上聞に入るゝやうに、致さるべしと云ふとき、周防守答に百二十里隔りたる先きのことなる故、上に何程御発明に御座あそばされ候とも御夕越には御存しこれなきことなり、其の為めに周防守を差置るゝことなれは申し上ぐるに及はず候と答たり、偖は周防守は身を踏込て勤むるものなりとて御感悦浅らざりけるとなり、書状はいつも上の御機嫌を伺ひ、偖堂上方替ることなしとばかりにて恐惶謹言と留て、何事も申し越さぬと承はる、責めて今の世にも大役の人は周防守か半分の器量もあらば、世間の人に風儀移りてよかるべしと思はる、
現代語訳
昔、板倉周防守(京都所司代の板倉重宗)が江戸に下ってきたとき、松平伊豆守(老中の松平信綱)が言った。「上様もだんだんと政務に御心を尽くされており、上方のことも詳しくお聞きになりたいとお思いなので、今後は老中仲間へよこされる書状はもう少し念を入れて、上方のことを上様のお耳に入れるようにされたい」。すると周防守は答えた。「百二十里も隔たった先のことなので、上様がどれほど聡明であられても、すみずみまではご存じないことです。そのために周防守を置いておかれるのですから、申し上げるには及びません」。これを聞いて上様は、さては周防守は身を踏み込んで務める者だとお感じになり、大いにお喜びになったという。周防守の書状はいつも上様のご機嫌を伺い、さて公家方には変わったこともありませんとだけ書いて「恐惶謹言」と結び、何事も言ってこなかったと聞いている。せめて今の世にも、大役の人に周防守の半分の器量でもあれば、世間の人にもその風儀が移ってよいだろうと思われる。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『徂徠先生答問書』卷上是如何なる所謂に候へば、全く量の大小より起り申候。賤き土民にいたし候はゞ誰々もかく可有御座候を、士大夫諸侯となり候へば、をのが家内領内を右のごとく苦にいたし、家内の者領内の民をすてられず見放されぬ眷属と存候心の付不申候事、其心ちいさくて己が分内にゆきわたり不申、其力かひなくて己が分内を引うけ申さぬにて候。されば量の大小は力の強弱のごとくにて、非力なる者に強力の真似をさせ候とも叶ふまじく候へば、小量の人の何として大量に成可申候やと可被思召候。小身の人に一国をも苦にいたし、天下をも苦に致し候へと申候事は、誠に分に応ぜぬ事に候へば、俄に大量にも成兼可申候。士大夫の家内を苦にいたし、諸侯の一国を苦にいたし、天子の天下を苦に被成候程の事は、元来天よりそれ程の福分を附属被成候て、其程の身上に御生れ候へば、其人の本分にて不珍事にて御座候を、悪敷風俗に染て心のつかぬ故にて候。
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『春秋左氏伝』荘公十一年 禹湯は己を罪す十一年夏、宋乘丘の役の爲の故に我を侵す。公之を禦ぐ。宋の師未だ陳せずして之に薄り、諸を鄑に敗る。凡そ師、敵未だ陳せざるを某の師を敗ると曰ひ、皆陳するを戰ふと曰ひ、大いに崩るるを敗績と曰ひ、儁を得るを克つと曰ひ、覆して之を敗るを某の師を取ると曰ひ、京師敗るるを王師某に敗績すと曰ふ。秋、宋大水あり。公吊せしめて曰く、「天淫雨を作し、粢盛を害す。之を若何ぞ吊せざらん」と。對へて曰く、「孤實に不敬にして、天之に災ひを降し、又以て君の憂ひと爲る。命の辱きを拜す」と。臧文仲曰く、「宋其れ興らんか。禹・湯は己を罪して、其の興るや悖焉たり。桀・紂は人を罪して、其の亡ぶるや忽焉たり。且つ列國凶有れば孤と稱するは、禮なり。言懼れて名禮あり、其れ庶からんか」と。既にして之を聞けば、公子禦說の辭なりと曰ふ。臧孫達曰く、「是れ宜しく君たるべし。民を恤むの心有り」と。冬、齊侯來りて共姬を逆ふ。乘丘の役、公金僕姑を以て南宮長萬を射る。公の右歂孫生之を搏つ。宋人之を請ふ。宋公之を靳りて曰く、「始め吾子を敬す。今子は、魯の囚なり。吾子を敬せず」と。之を病む。
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『十善法語』巻第六・不惡口戒秦ノ始皇カ古書ヲ燔キ。儒者ヲ坑ニシ。阿房宮ヲ造営セシ。晋ノ武帝カ羊車ニ乗テ後宮ニ遊ヒシ類。心ノ憍慢ヨリ起ル。実ヲ剋シテ云ハ。ミナ小器量ニ摂ス。若万民ヲ以テ子トセハ。儒者モ邪魔ニハナラヌ。天下ヲ以テ家トセハ。阿房宮ハ狭小ナル造営シヤ。天地陰陽ノ和合ヲ楽ハ。別ニ多人ヲ後宮ニ閉置ニハ及ヌシヤ。誠ノ大丈夫ハ此ニ異ナル所有ヘキシヤ。
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人物志・接識故に一流の人は、能く一流の善を識る。二流の人は、能く二流の美を識る。
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『呻吟語』内篇・問學・六合を含むこと一粒の如し學者は只だ是れ氣盈つれば、便ち長進せず。六合を含むこと一粒の如く、之を覓むるも見えず。一粒を六合に吐き、之を出だして窮まらず。大人と謂ふ可し。而して自ら處すること庸人の如く、初めより自ら表異せず。退讓すること空夫の如く、初めより自ら滿足せず。掌を抵ち臂を攘げて世に人無しと視るは、之を善を以て人を服すと謂はば則ち可ならんや。
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歎異抄・第十二条たとい自余の教法は勝れたりとも、自らがためには器量及ばざれば、つとめがたし。 我も人も生死を離れんことこそ諸仏の御本意にておわしませば、御妨げあるべからず」とて、にくい気せずは、誰の人かありて仇をなすべきや。
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