徂徠先生答問書 / 卷上
是如何なる所謂に候へば、全く量の大小より起り申候。賤き土民にいたし候はゞ誰々もかく可有御座候を、士大夫諸侯となり候へば、をのが家內領內を右のごとく苦にいたし、家内の者領內の民をすてられず見放されぬ眷屬と存候心の付不申候事、其心ちいさくて己が分內にゆきわたり不申、其力かひなくて己が分內を引うけ申さぬにて候。されば量の大小は力の强弱のごとくにて、非力なる者に强力の眞似をさせ候とも叶ふまじく候へば、小量の人の何として大量に成可申候やと可被思召候。小身の人に一國をも苦にいたし、天下をも苦に致し候へと申候事は、誠に分に應ぜぬ事に候へば、俄に大量にも成兼可申候。士大夫の家內を苦にいたし、諸侯の一國を苦にいたし、天子の天下を苦に被成候程の事は、元來天よりそれ程の福分を附屬被成候て、其程の身上に御生れ候へば、其人の本分にて不珍事にて御座候を、惡敷風俗に染て心のつかぬ故にて候。
新字:是如何なる所謂に候へば、全く量の大小より起り申候。賤き土民にいたし候はゞ誰々もかく可有御座候を、士大夫諸侯となり候へば、をのが家内領内を右のごとく苦にいたし、家内の者領内の民をすてられず見放されぬ眷属と存候心の付不申候事、其心ちいさくて己が分内にゆきわたり不申、其力かひなくて己が分内を引うけ申さぬにて候。されば量の大小は力の強弱のごとくにて、非力なる者に強力の真似をさせ候とも叶ふまじく候へば、小量の人の何として大量に成可申候やと可被思召候。小身の人に一国をも苦にいたし、天下をも苦に致し候へと申候事は、誠に分に応ぜぬ事に候へば、俄に大量にも成兼可申候。士大夫の家内を苦にいたし、諸侯の一国を苦にいたし、天子の天下を苦に被成候程の事は、元来天よりそれ程の福分を附属被成候て、其程の身上に御生れ候へば、其人の本分にて不珍事にて御座候を、悪敷風俗に染て心のつかぬ故にて候。
書き下し
是如何なる所謂に候へば、全く量の大小より起り申候。賤き土民にいたし候はゞ誰々もかく可有御座候を、士大夫諸侯となり候へば、をのが家内領内を右のごとく苦にいたし、家内の者領内の民をすてられず見放されぬ眷属と存候心の付不申候事、其心ちいさくて己が分内にゆきわたり不申、其力かひなくて己が分内を引うけ申さぬにて候。されば量の大小は力の強弱のごとくにて、非力なる者に強力の真似をさせ候とも叶ふまじく候へば、小量の人の何として大量に成可申候やと可被思召候。小身の人に一国をも苦にいたし、天下をも苦に致し候へと申候事は、誠に分に応ぜぬ事に候へば、俄に大量にも成兼可申候。士大夫の家内を苦にいたし、諸侯の一国を苦にいたし、天子の天下を苦に被成候程の事は、元来天よりそれ程の福分を附属被成候て、其程の身上に御生れ候へば、其人の本分にて不珍事にて御座候を、悪敷風俗に染て心のつかぬ故にて候。
現代語訳
これはどういうわけかといえば、まったく器量の大小から起こることです。身分の低い農民なら誰でもこうであるはずなのに、士大夫や諸侯になると、自分の家の内や領内を同じように背負い、家の者や領内の民を捨てられない、見放せない身内だと思う心が付かないのは、その心が小さくて自分の受け持ち全体に行き渡らず、その力が足りなくて受け持ちを引き受けられないからです。そうであれば、器量の大小は力の強弱のようなもので、非力な者に力持ちの真似をさせても無理なのだから、器量の小さい人がどうして大きくなれようか、とお思いになるかもしれません。小身の人に一国を背負え、天下を背負えと言うのは、たしかに分に応じないことですから、急に大きな器量になることはできないでしょう。しかし、士大夫が家の内を背負い、諸侯が一国を背負い、天子が天下を背負うほどのことは、もともと天からそれだけの福分を授けられて、それだけの身の上に生まれたのですから、その人の本分であって珍しいことではありません。それができないのは、悪い風俗に染まって心が付かないからなのです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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史記 高祖本紀高祖は、沛の豊邑中陽里の人、姓は劉氏、字は季。父を太公と曰ひ、母を劉媼と曰ふ。其の先劉媼嘗て大沢の陂に息ひ、夢に神と遇ふ。是の時雷電晦冥、太公往きて視れば、則ち蛟龍を其の上に見る。已にして身有り、遂に高祖を産む。高祖の人と為り、隆準にして龍顔、美しき須髯あり、左股に七十二の黒子有り。仁にして人を愛し、施しを喜び、意豁如たり。常に大度有り、家人の生産作業を事とせず。壮に及び、試みられて吏と為り、泗水の亭長と為る、廷中の吏狎侮せざる所無く、酒及び色を好む。常に王媼・武負に従ひて酒を貰(か)り、酔ひて臥す、武負・王媼其の上に常に龍有るを見て、之を怪しむ。高祖酤ひて留飲する毎に、酒の讎(う)るること数倍す。怪を見るに及びて、歳竟はれば、此の両家常に券を折りて責(さい)を棄つ。高祖常て咸陽に繇(えき)し、縦観して、秦の皇帝を観る、喟然として太息して曰く、「嗟乎、大丈夫当に此くの如くなるべきなり。」と。単父の人呂公沛の令に善し、仇を避けて之に従ひて客となり、因りて沛に家す。沛中の豪桀吏令に重客有りと聞き、皆往きて賀す。蕭何主吏と為り、進を主る、諸大夫に令して曰く、「進千銭に満たざるは、之を堂下に坐せしめよ。」と。高祖亭長為り、素より諸吏を易(あなど)る、乃ち紿(いつは)りて謁を為りて「賀銭万」と曰ふ、実は一銭をも持たず。謁入る、呂公大いに驚き、起ちて、之を門に迎ふ。呂公は、好んで人を相す、高祖の状貌を見、因りて之を重敬し、引きて入りて坐せしむ。蕭何曰く、「劉季は固より大言多く、事を成すこと少なし。」と。高祖因りて諸客を狎侮し、遂に上坐に坐して、詘する所無し。酒闌にして、呂公因りて目して固く高祖を留む。高祖酒を竟へて、後る。呂公曰く、「臣少くして好んで人を相す、人を相すること多し、季の相に如くは無し、願はくは季自愛せよ。臣に息女有り、願はくは季の箕帚の妾と為さん。」と。酒罷む、呂媼呂公を怒りて曰く、「公始め常に此の女を奇とし、貴人に与へんと欲す。
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『慎思録』巻之三衆人其の小才有るを恃みて、人に見知せられんことを求む。是を以て其の心曲急迫にして、其の躁進に堪へず。是れ徒に名利に僥倖するを知りて、天命に安んずるを知らず。孟子説く、人之を知るも亦囂囂たり、人知らざるも亦囂囂たり、と。以て人に説くの法と為すべし。夫れ才不才は己に在り、知ると知らざるとは人に在り。己に於て加損無し。何ぞ中に動くことか之有らん。今や人之を知れば、則ち意気揚揚として、喜色外に顕はる。人知らざれば、則ち心曲戚戚として、憂色面に発す。其の器識褊小なりと謂ふべきなり。
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『春秋左氏伝』荘公十一年 禹湯は己を罪す十一年夏、宋乘丘の役の爲の故に我を侵す。公之を禦ぐ。宋の師未だ陳せずして之に薄り、諸を鄑に敗る。凡そ師、敵未だ陳せざるを某の師を敗ると曰ひ、皆陳するを戰ふと曰ひ、大いに崩るるを敗績と曰ひ、儁を得るを克つと曰ひ、覆して之を敗るを某の師を取ると曰ひ、京師敗るるを王師某に敗績すと曰ふ。秋、宋大水あり。公吊せしめて曰く、「天淫雨を作し、粢盛を害す。之を若何ぞ吊せざらん」と。對へて曰く、「孤實に不敬にして、天之に災ひを降し、又以て君の憂ひと爲る。命の辱きを拜す」と。臧文仲曰く、「宋其れ興らんか。禹・湯は己を罪して、其の興るや悖焉たり。桀・紂は人を罪して、其の亡ぶるや忽焉たり。且つ列國凶有れば孤と稱するは、禮なり。言懼れて名禮あり、其れ庶からんか」と。既にして之を聞けば、公子禦說の辭なりと曰ふ。臧孫達曰く、「是れ宜しく君たるべし。民を恤むの心有り」と。冬、齊侯來りて共姬を逆ふ。乘丘の役、公金僕姑を以て南宮長萬を射る。公の右歂孫生之を搏つ。宋人之を請ふ。宋公之を靳りて曰く、「始め吾子を敬す。今子は、魯の囚なり。吾子を敬せず」と。之を病む。
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論語・堯曰篇堯曰く、「咨、爾舜、天の暦数爾の躬に在り。允に其の中を執れ。四海困窮せば、天禄永く終わらん。」舜も亦た以て禹に命ず。曰く、「予小子履、敢えて玄牡を用い、敢えて昭らかに皇皇たる后帝に告ぐ。罪有るは敢えて赦さず。帝の臣は蔽わず、簡ぶこと帝の心に在り。朕が躬罪有らば、万方を以てすること無かれ。万方罪有らば、罪は朕が躬に在り。」「周に大賚有り、善人是れ富む。」「周親有りと雖も、仁人に如かず。百姓過ち有らば、予一人に在り。」権量を謹み、法度を審らかにし、廃官を脩むれば、四方の政行われん。滅国を興し、絶世を継ぎ、逸民を挙ぐれば、天下の民心を帰せん。重んずる所は、民・食・喪・祭。寛なれば則ち衆を得、信なれば則ち民任じ、敏なれば則ち功有り、公なれば則ち説ぶ。
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『春秋左氏伝』成公十六年 子反の死旦にして戰ひ、星を見るも未だ已まず。子反軍吏に命じて夷傷を察し、卒乘を補ひ、甲兵を繕ひ、車馬を展べ、雞鳴にして食し、唯だ命を是れ聽かしむ。晉人之を患ふ。苗賁皇徇へて曰く、「乘を蒐め卒を補ひ、馬に秣ひ兵を利くし、陳を脩め列を固くし、蓐食して禱を申ね、明日復た戰はん」と。乃ち楚の囚を逸す。王之を聞き、子反を召して謀らんとす。穀陽豎飲を子反に獻ず。子反醉ひて見ゆる能はず。王曰く、「天楚を敗るかな。余以って待つ可からず」と。乃ち宵に遁る。晉楚の軍に入り、三日穀す。范文子戎馬の前に立ちて曰く、「君幼く、諸臣不佞なり。何を以ってか此に及べる。君其れ之を戒めよ。周書に曰く、『惟れ命は常に于てせず』と。德有るの謂なり」と。楚の師還りて、瑕に及ぶ。王子反に謂はしめて曰く、「先大夫の師徒を覆せし者は、君在らざりき。子以って過と為す無かれ。不穀の罪なり」と。子反再拜稽首して曰く、「君臣に死を賜ふ、死して且つ朽ちず。臣の卒實に奔る。臣の罪なり」と。子重復た子反に謂ひて曰く、「初め師徒を隕せし者は、而も亦た之を聞けり。盍ぞ之を圖らざる」と。對へて曰く、「先大夫之有る微しと雖も、大夫側に命ず、側敢へて義ならざらんや。側君の師を亡ふ、敢へて其の死を忘れんや」と。王之を止めしむ。及ばずして卒す。戰の日、齊の國佐・高無咎、師に至る。衞侯衞を出づ。公壞隤を出づ。
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『呻吟語』内篇・談道・人事は就ち是れ天命人事は就ち是れ天命なり。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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