人物志 / 接識
故一流之人,能識一流之善。二流之人,能識二流之美。
書き下し
故に一流の人は、能く一流の善を識る。二流の人は、能く二流の美を識る。
現代語訳
それゆえ、第一級の人物は第一級の人物の良さを見抜くことができ、第二級の人物は第二級の人物の美点までしか見抜くことができない。
解説
人が見抜ける他者の良さは、自分自身の器の大きさに規定される面がある。第一級の器量を持つ人は第一級の美点を見抜けるが、第二級の器量であれば見抜ける範囲もそこにとどまりやすい。これは優劣を断じる話というより、自分の成長が見える世界の広さを変えるという示唆でもある。人を見る目を広げたいなら、まず自分自身の器を養うことが遠回りのようで近道になる。
この章句が説くこと
器量自己成長見識の幅
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『韓非子』難言第三家計小談にして、具數を以て言えば
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