政談 / 諸役人に器量を選ふ事
偖又身を蹈込みて勤むる人と見ば、上の御威光を加へ玉はねは傍輩のそねみ上役の氣違ひ、是亦人情にて必す有ることなれば、其の身を踏込みたるも中途にて挫くるものなり、大久保石見守と云ふものを猿樂より御取り立て、東照宮召し使はれ大名になされ、後には遂に惡事によりて滅却したるを、東照宮の御誤りのやうに云ふ人あれども、某しなどは神慮のほど各別なることと感し奉る、其の者一器量あるものなる故、過分に御取り立てありて其の器量を押へ扣へなく働かせ玉ふこと是れ能く人を使ふ道を得玉へるなり、御出頭故に樣々の惡事をも御搆ひなしと知らぬ人は申せとも左にあらず、小過を許さねば人の器量は延びぬもの故御搆ひなきことなり、其者後に大惡事仕出したるは各別のことなり、只人を使ひやう遊はされかた後の世の樣なる小々なることにあらす、此の段萬世の手本なるへきなり、
新字:偖又身を蹈込みて勤むる人と見ば、上の御威光を加へ玉はねは傍輩のそねみ上役の気違ひ、是亦人情にて必す有ることなれば、其の身を踏込みたるも中途にて挫くるものなり、大久保石見守と云ふものを猿楽より御取り立て、東照宮召し使はれ大名になされ、後には遂に悪事によりて滅却したるを、東照宮の御誤りのやうに云ふ人あれども、某しなどは神慮のほど各別なることと感し奉る、其の者一器量あるものなる故、過分に御取り立てありて其の器量を押へ扣へなく働かせ玉ふこと是れ能く人を使ふ道を得玉へるなり、御出頭故に様々の悪事をも御搆ひなしと知らぬ人は申せとも左にあらず、小過を許さねば人の器量は延びぬもの故御搆ひなきことなり、其者後に大悪事仕出したるは各別のことなり、只人を使ひやう遊はされかた後の世の様なる小々なることにあらす、此の段万世の手本なるへきなり、
書き下し
偖又身を蹈込みて勤むる人と見ば、上の御威光を加へ玉はねは傍輩のそねみ上役の気違ひ、是亦人情にて必す有ることなれば、其の身を踏込みたるも中途にて挫くるものなり、大久保石見守と云ふものを猿楽より御取り立て、東照宮召し使はれ大名になされ、後には遂に悪事によりて滅却したるを、東照宮の御誤りのやうに云ふ人あれども、某しなどは神慮のほど各別なることと感し奉る、其の者一器量あるものなる故、過分に御取り立てありて其の器量を押へ扣へなく働かせ玉ふこと是れ能く人を使ふ道を得玉へるなり、御出頭故に様々の悪事をも御搆ひなしと知らぬ人は申せとも左にあらず、小過を許さねば人の器量は延びぬもの故御搆ひなきことなり、其者後に大悪事仕出したるは各別のことなり、只人を使ひやう遊はされかた後の世の様なる小々なることにあらす、此の段万世の手本なるへきなり、
現代語訳
さてまた、身を打ち込んで勤める人と見たならば、上の御威光を加えられなければ、同輩の嫉みや上役の気の違いがあり、これもまた人情で必ずあることなので、その身を打ち込んだのも途中で挫けるものである。大久保石見守(長安)という者を猿楽師から取り立て、東照宮(家康公)が召し使われて大名にされ、後には悪事によって滅んだのを、東照宮の御誤りのように言う人があるけれども、私などは神慮のほどが格別なことだと感じ入る。その者は一器量ある者であったので、過分にお取り立てになって、その器量を押さえ控えなく働かせられたこと、これはよく人を使う道を得られたのである。御出頭(寵臣)だからさまざまな悪事もお構いなしなのだと、知らない人は言うけれども、そうではない。小過を許さなければ人の器量は伸びないものだから、お構いなしにされたのである。その者が後に大悪事をしでかしたのは別のことである。ただ人の使い方をなさったことは、後の世のような小さなことではない。この段は万世の手本となるべきである。
解説
この章句が説くこと
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『酔古堂剣掃』集法・才稍〻眾を壓すれば忌心生ず才人國士は、既に不群の才を負へば、定めて不羈の行ひを負ふ。是を以て才稍〻眾を壓すれば則ち忌心生じ、行ひ稍〻時に違へば則ち側目至る。死後の聲名は、空しく墓中の骸骨を譽め、窮途に潦倒すれば、誰か宮外の蛾眉を憐れまん。
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