政談 / 諸役人に器量を選ふ事
今は御老中若老中も身を高尙に搆へて人々に合はす、唯々早朝に對客とて人に會ふことばかりに成りたり、番頭も組子と碌々に物をも云はず、組頭を中に立てゝ殿樣のやうに搆へて、組子に對面するやうになりたり、御旗本の面々も朝出と云ふことを第一の筋めと覺えて、未明より御老中若老中の宿へ詰め、御勇健息災を云ひたるまでにて歸る、何の所爲のと問へは御老中若老中に知らるべきためなりと云ふ、神明のことぞなる、大才智の人なりとも對客にて其の人の器量才智を知るべきやうなし、惣して人を知ることは能く知りたる人の推量にてならでは知れぬことなり、昔の御老中若老中は、親類知り人にも折々は出て合ひて咄をも聞き、下の事をも是によりて知り、又人の人抦器量をも知りたるは、是れ狹き樣なれとも、善き人を見出だすべきと云ふ心、其の心はありたる故、孔子のなれしかしら所を擧けよと仰せられたるに叶ひて、器量ある人も是によりて出てたり、
新字:今は御老中若老中も身を高尚に搆へて人々に合はす、唯々早朝に対客とて人に会ふことばかりに成りたり、番頭も組子と碌々に物をも云はず、組頭を中に立てゝ殿様のやうに搆へて、組子に対面するやうになりたり、御旗本の面々も朝出と云ふことを第一の筋めと覚えて、未明より御老中若老中の宿へ詰め、御勇健息災を云ひたるまでにて帰る、何の所為のと問へは御老中若老中に知らるべきためなりと云ふ、神明のことぞなる、大才智の人なりとも対客にて其の人の器量才智を知るべきやうなし、惣して人を知ることは能く知りたる人の推量にてならでは知れぬことなり、昔の御老中若老中は、親類知り人にも折々は出て合ひて咄をも聞き、下の事をも是によりて知り、又人の人抦器量をも知りたるは、是れ狭き様なれとも、善き人を見出だすべきと云ふ心、其の心はありたる故、孔子のなれしかしら所を挙けよと仰せられたるに叶ひて、器量ある人も是によりて出てたり、
書き下し
今は御老中若老中も身を高尚に搆へて人々に合はす、唯々早朝に対客とて人に会ふことばかりに成りたり、番頭も組子と碌々に物をも云はず、組頭を中に立てゝ殿様のやうに搆へて、組子に対面するやうになりたり、御旗本の面々も朝出と云ふことを第一の筋めと覚えて、未明より御老中若老中の宿へ詰め、御勇健息災を云ひたるまでにて帰る、何の所為のと問へは御老中若老中に知らるべきためなりと云ふ、神明のことぞなる、大才智の人なりとも対客にて其の人の器量才智を知るべきやうなし、惣して人を知ることは能く知りたる人の推量にてならでは知れぬことなり、昔の御老中若老中は、親類知り人にも折々は出て合ひて咄をも聞き、下の事をも是によりて知り、又人の人抦器量をも知りたるは、是れ狭き様なれとも、善き人を見出だすべきと云ふ心、其の心はありたる故、孔子のなれしかしら所を挙けよと仰せられたるに叶ひて、器量ある人も是によりて出てたり、
現代語訳
今は御老中・若老中も身を高尚に構えて人々に会わず、ただ早朝に「対客」といって人に会うことばかりになった。番頭も組子とろくに物も言わず、組頭を間に立てて殿様のように構えて、組子に対面するようになった。御旗本の面々も、朝出(早朝の伺候)ということを第一の筋目と心得て、未明から御老中・若老中の屋敷へ詰め、御勇健で何よりと言っただけで帰る。何のためにかと問えば、御老中・若老中に知られるためだと言う。あきれたことである。大才智の人であっても、対客でその人の器量才智を知れるはずがない。総じて人を知ることは、よく知った人の推量によらなければわからないことである。昔の御老中・若老中は、親類や知人にも折々は出て会って話も聞き、下の事もこれによって知り、また人の人柄や器量も知ったのであって、これは狭いようではあるけれども、善い人を見出そうという心、その心はあったので、孔子の「爾の知る所を挙げよ」とおっしゃったことにかなって、器量ある人もこれによって世に出たのである。
解説
この章句が説くこと
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