政談 / 諸役人に器量を選ふ事
偖又人々御役儀に身を踏込まぬこと、上と下との間昔に比すれは特の外に隔りたる故、下たるもの上を親しむ心薄く成て、今の代は身を踏込む人なき筋もあるなり、東照宮台德院樣の御代は申すに及はす、大猷院樣の御代までは、御番衆の詰所などへも折々は成らせられ、暫く御着座ありて御咄なども有りたりと承はる、嚴有院樣御幼少にて天下を知し召す故、未た御心至りも御座なされざる內に、下のことを御存しなれは却て下の難義に成ると其の時の老中料見したるにや、只御行儀をうすたかく仕なしたる風儀つくはりて、當時は上下の分別甚しき故、御旗本の面々は甚た上へ遠く、是に依りて上を親しむ心自然と薄くなる、夫のみならす御老中若老中番頭なども特の外にうすたかくなりたり、昔は御老中若老中も親類又は筋目ある近付とは出て合ひて心安く物語りもしたり、番頭は組子と不斷に心安く出て合ひ、又組子の宅へも不時に見まふこと度々也と承はる、
新字:偖又人々御役儀に身を踏込まぬこと、上と下との間昔に比すれは特の外に隔りたる故、下たるもの上を親しむ心薄く成て、今の代は身を踏込む人なき筋もあるなり、東照宮台徳院様の御代は申すに及はす、大猷院様の御代までは、御番衆の詰所などへも折々は成らせられ、暫く御着座ありて御咄なども有りたりと承はる、厳有院様御幼少にて天下を知し召す故、未た御心至りも御座なされざる内に、下のことを御存しなれは却て下の難義に成ると其の時の老中料見したるにや、只御行儀をうすたかく仕なしたる風儀つくはりて、当時は上下の分別甚しき故、御旗本の面々は甚た上へ遠く、是に依りて上を親しむ心自然と薄くなる、夫のみならす御老中若老中番頭なども特の外にうすたかくなりたり、昔は御老中若老中も親類又は筋目ある近付とは出て合ひて心安く物語りもしたり、番頭は組子と不断に心安く出て合ひ、又組子の宅へも不時に見まふこと度々也と承はる、
書き下し
偖又人々御役儀に身を踏込まぬこと、上と下との間昔に比すれは特の外に隔りたる故、下たるもの上を親しむ心薄く成て、今の代は身を踏込む人なき筋もあるなり、東照宮台徳院様の御代は申すに及はす、大猷院様の御代までは、御番衆の詰所などへも折々は成らせられ、暫く御着座ありて御咄なども有りたりと承はる、厳有院様御幼少にて天下を知し召す故、未た御心至りも御座なされざる内に、下のことを御存しなれは却て下の難義に成ると其の時の老中料見したるにや、只御行儀をうすたかく仕なしたる風儀つくはりて、当時は上下の分別甚しき故、御旗本の面々は甚た上へ遠く、是に依りて上を親しむ心自然と薄くなる、夫のみならす御老中若老中番頭なども特の外にうすたかくなりたり、昔は御老中若老中も親類又は筋目ある近付とは出て合ひて心安く物語りもしたり、番頭は組子と不断に心安く出て合ひ、又組子の宅へも不時に見まふこと度々也と承はる、
現代語訳
さてまた、人々が御役目に身を打ち込まないのは、上と下との間が昔に比べるとことのほか隔たったので、下の者が上を親しむ心が薄くなって、今の代は身を打ち込む人がいないという筋もあるのである。東照宮(家康公)・台徳院様(秀忠公)の御代は申すに及ばず、大猷院様(家光公)の御代までは、御番衆の詰所などへも折々お成りになり、しばらく御着座あってお話などもあったと承っている。厳有院様(家綱公)が御幼少で天下をお治めになったので、まだお心が至らないうちに下のことをご存じになってはかえって下の難儀になると、その時の老中が考えたのであろうか、ただ御行儀を重々しく仕立てる風儀が固まって、今は上下の区別が甚だしいので、御旗本の面々は甚だ上から遠く、これによって上を親しむ心が自然と薄くなる。それだけでなく、御老中・若老中・番頭なども、ことのほか重々しくなった。昔は御老中・若老中も、親類や筋目ある知り合いとは出て会って気安く話もした。番頭は組子(配下)と常に気安く会い、また組子の家へも不意に見舞うことがたびたびあったと承っている。
解説
この章句が説くこと
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