政談 / 諸役人に器量を選ふ事
それとも其の人全く上たる人の心に毫髪も違はすんば善き事にはあらされとも、上の望みには叶ふへけれとも、凡そ人たる者生れつき其の器量才智人々各別なるものにて、同一なる人は天地の間に之なきことなるゆゑ、人心の同しからさること面の如しと云ふ古語あり、左れは其の上思召に毫髪も違はす能く上の御心を知りて、上の御身を分けたる如くなる人は皆我か器量才智をは出さす、無理におしまけて上へ合はせて仕込たる事にて、阿諛諂侫のともがらなり、斯の如き人は身を踏込ます、忠義の心全くなし、大惡人也と知るへし、
新字:それとも其の人全く上たる人の心に毫髪も違はすんば善き事にはあらされとも、上の望みには叶ふへけれとも、凡そ人たる者生れつき其の器量才智人々各別なるものにて、同一なる人は天地の間に之なきことなるゆゑ、人心の同しからさること面の如しと云ふ古語あり、左れは其の上思召に毫髪も違はす能く上の御心を知りて、上の御身を分けたる如くなる人は皆我か器量才智をは出さす、無理におしまけて上へ合はせて仕込たる事にて、阿諛諂侫のともがらなり、斯の如き人は身を踏込ます、忠義の心全くなし、大悪人也と知るへし、
書き下し
それとも其の人全く上たる人の心に毫髪も違はすんば善き事にはあらされとも、上の望みには叶ふへけれとも、凡そ人たる者生れつき其の器量才智人々各別なるものにて、同一なる人は天地の間に之なきことなるゆゑ、人心の同しからさること面の如しと云ふ古語あり、左れは其の上思召に毫髪も違はす能く上の御心を知りて、上の御身を分けたる如くなる人は皆我か器量才智をは出さす、無理におしまけて上へ合はせて仕込たる事にて、阿諛諂侫のともがらなり、斯の如き人は身を踏込ます、忠義の心全くなし、大悪人也と知るへし、
現代語訳
あるいは、その人がまったく上に立つ人の心に毛筋ほども違わないならば、善いことではないにしても、上の望みにはかなうだろう。しかしおよそ人というものは、生まれつきその器量才智が一人ひとり別々であって、同じ人は天地の間にいないのだから、「人の心の同じでないことは顔のようだ」という古語がある。だから、上の思し召しに毛筋ほども違わず、上の心をよく知って、上の身を分けたような人は、皆自分の器量才智を出さず、無理に押し曲げて上に合わせ、仕込んだ者であって、阿諛諂佞(おもねりへつらう)の輩である。このような人は身を打ち込まず、忠義の心がまったくない。大悪人であると知るべきである。
解説
この章句が説くこと
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『墨子』親士故に賢君有りと雖も、功無きの臣を愛せず。慈父有りと雖も、益無きの子を愛せず。是の故に其の任に勝えずして其の位に處るは、此の位の人に非ざるなり。其の爵に勝えずして其の祿に處るは、此の祿の主に非ざるなり。良弓は張り難し、然れども以て髙きに及び深きに入る可し。良馬は乗り難し、然れども以て重きに任じ逺きに致す可し。良才は令し難し、然れども以て君を致して尊ばれしむ可し。是の故に江河は小谷の己を滿たすを惡まず、故に能く大なり。聖人は、事に辭すること無く、物に違うこと無し、故に能く天下の器と為る。是の故に江河の水は、一源に非ざるなり。千鎰の裘は、一狐の白に非ざるなり。夫れ惡んぞ同方を取り、同じからざるを取らざる者有らんや。盖し兼王の道に非ざるなり。
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『政談』諸役人に器量を選ふ事此上に上たる人にゑりもとを見る心覚えすあるなり、富貴なる人を善きと見ては、貧賤成る人をは悪きと見ることは、もと女子わらべが怪きものあることにて之をゑりもとを見ると云ふ、上たる人などに箇様なる心有るまじきやうなれども、世末になるに従ひて、人の家筋極まりて上下別々になりたる世界なる故、高位大禄の人を善き人と思ひ、末々の者をはむしけらの如く思ふこと、上たる人にも免がれざる人情なり、此の上に又臣たる人には立身を好む利慾の心人情の免がれざる所なる故、何れも上の御機嫌に合はせ、上の御心を取らんと心懸くること甚たし、何程の名将にても下より之を一大事と心掛けて伺ひねらう所へ手前のものずき心の僻を見とられぬと云ふことなし、是亦人情の免がれがたき所なり、斯の如く様々の仔細によりて、手前の目かね手前の才智にて人の器量を知らんとするときは必す誤りあることなりと知るへし、
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史記 孟嘗君列伝復た卒に孟嘗君をして秦に入らしむ、昭王即ち孟嘗君を以て秦の相と為す。人或ひと秦の昭王に説きて曰く、「孟嘗君は賢にして、また斉の族なり。今秦に相たらば、必ず斉を先にして秦を後にせん、秦それ危ふからん」と。是に於いて秦の昭王乃ち止む。孟嘗君を囚へ、謀りてこれを殺さんと欲す。孟嘗君、人をして昭王の幸姫に抵りて解かんことを求めしむ。幸姫曰く、「妾願はくは君の狐白裘を得ん」と。此の時孟嘗君に一狐白裘有り、直千金、天下に双び無し、秦に入りてこれを昭王に献じ、更に他の裘無し。孟嘗君これを患へ、遍く客に問ふも、能く対ふる莫し。最も下坐に能く狗盗を為す者有り、曰く、「臣能く狐白裘を得ん」と。乃ち夜狗と為り、以て秦宮の臧中に入り、献ずる所の狐白裘を取りて至り、以て秦王の幸姫に献ず。幸姫為に昭王に言ひ、昭王孟嘗君を釈く。孟嘗君出づるを得、即ち馳せ去り、封伝を更め、名姓を変へて以て関を出でんとす。夜半函谷関に至る。秦の昭王、後に孟嘗君を出だせしを悔い、これを求むるに已に去る、即ち人をして伝に馳せてこれを逐はしむ。孟嘗君関に至る、関の法は鶏鳴きて客を出だす。孟嘗君追ひの至らんことを恐る。客の下坐に居る者に能く鶏鳴を為す者有り、而して鶏斉しく鳴く、遂に伝を発して出づ。出でて食頃の如くして、秦の追ひ果たして関に至る、已に孟嘗君の出づるに後れ、乃ち還る。始め孟嘗君この二人を賓客に列するや、賓客尽くこれを羞づ。孟嘗君に秦の難有るに及び、卒にこの二人これを抜く。是より後、客皆服す。
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『弁道』第十四則気質を変化するは、宋儒の造る所にして、中庸に淵源す。先王孔子の道に無き所なり。伝の所謂変ずとは、其の習ひを変ずるを謂ふなり。夫れ先王孔子の道は天下を安んずるの道なり。天下を安んずるは一人の能く為す所に非ず。必ず衆力を得て以て之を成す。諸を辟ふるに、春夏秋冬備はりて、而る後に歳功成すべし。椎鑿刀鋸備はりて、而る後に匠事為すべし。寒熱補瀉備はりて、而る後に医術施すべし。錐は其の鋭きを欲し、椎は其の鈍きを欲す。石膏は大寒、附子は大熱。爾らずんば、先王天下を治むるに、其の材を用ふる所有る莫きなり。
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『政談』諸役人に器量を選ふ事此の事を君子は和して同せす、小人は同して和せすと孔子も宣へり、和すると云ふは五味を調和するか如し、五味の塩梅と云ふは格別の塩梅を持ち行て交せ合はすることなり、故に臣下には君と才智の筋各別なるを善とす、君何ほと才智ありても、人の才智は一向きに得手なる所ありて、又た不得手なる所あるものなり、聖人とても斯の如き故に、各別に違ひたる才智の臣をいくらも寄せされは君の才智の足らぬ所を補ふへきやうなし、同すると云ふは譬へはふくさみ其の甘きに砂糖を入れ、其上に又蜜をも入れ、又飴をも入れたるか如し、是君の心に合はせて物好きの少しも違はぬを云ふなり、論語の此の章は朱子の注解は大に相違したり、左伝の本文に此の訳精しくあるなり、
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