政談 / 諸役人に器量を選ふ事
此の事を君子は和して同せす、小人は同して和せすと孔子も宣へり、和すると云ふは五味を調和するか如し、五味の塩梅と云ふは格別の塩梅を持ち行て交せ合はすることなり、故に臣下には君と才智の筋各別なるを善とす、君何ほと才智ありても、人の才智は一向きに得手なる所ありて、又た不得手なる所あるものなり、聖人とても斯の如き故に、各別に違ひたる才智の臣をいくらも寄せされは君の才智の足らぬ所を補ふへきやうなし、同すると云ふは譬へはふくさみ其の甘きに砂糖を入れ、其上に又蜜をも入れ、又飴をも入れたるか如し、是君の心に合はせて物好きの少しも違はぬを云ふなり、論語の此の章は朱子の注解は大に相違したり、左傳の本文に此の譯精しくあるなり、
新字:此の事を君子は和して同せす、小人は同して和せすと孔子も宣へり、和すると云ふは五味を調和するか如し、五味の塩梅と云ふは格別の塩梅を持ち行て交せ合はすることなり、故に臣下には君と才智の筋各別なるを善とす、君何ほと才智ありても、人の才智は一向きに得手なる所ありて、又た不得手なる所あるものなり、聖人とても斯の如き故に、各別に違ひたる才智の臣をいくらも寄せされは君の才智の足らぬ所を補ふへきやうなし、同すると云ふは譬へはふくさみ其の甘きに砂糖を入れ、其上に又蜜をも入れ、又飴をも入れたるか如し、是君の心に合はせて物好きの少しも違はぬを云ふなり、論語の此の章は朱子の注解は大に相違したり、左伝の本文に此の訳精しくあるなり、
書き下し
此の事を君子は和して同せす、小人は同して和せすと孔子も宣へり、和すると云ふは五味を調和するか如し、五味の塩梅と云ふは格別の塩梅を持ち行て交せ合はすることなり、故に臣下には君と才智の筋各別なるを善とす、君何ほと才智ありても、人の才智は一向きに得手なる所ありて、又た不得手なる所あるものなり、聖人とても斯の如き故に、各別に違ひたる才智の臣をいくらも寄せされは君の才智の足らぬ所を補ふへきやうなし、同すると云ふは譬へはふくさみ其の甘きに砂糖を入れ、其上に又蜜をも入れ、又飴をも入れたるか如し、是君の心に合はせて物好きの少しも違はぬを云ふなり、論語の此の章は朱子の注解は大に相違したり、左伝の本文に此の訳精しくあるなり、
現代語訳
このことを、孔子も「君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず」とおっしゃった。和するというのは五味を調和するようなものである。五味の塩梅とは、それぞれ別の味を持ち寄って混ぜ合わせることである。だから臣下には、主君と才智の筋が別々であることを善しとする。主君がどれほど才智があっても、人の才智は一方向に得手なところがあって、また不得手なところもあるものである。聖人でもそうであるから、それぞれに違った才智の臣をいくらも寄せなければ、主君の才智の足らないところを補いようがない。同ずるというのは、たとえば甘いものに砂糖を入れ、その上にまた蜜も入れ、また飴も入れるようなものである。これは主君の心に合わせて、好みが少しも違わないことをいうのである。論語のこの章について朱子の注解は大いに見当違いである。『左伝』の本文にこの意味が詳しく書かれている。
解説
この章句が説くこと
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『晏子春秋』外篇上・景公問古而無死其樂若何晏子諫/景公謂梁丘據與己和晏子諫声も亦味の如く、一気、二体、三類、四物、五声、六律、七音、八風、九歌、以て相成すなり。清濁、大小、短長、疾徐、哀楽、剛柔、遅速、高下、出入、周疏、以て相済うなり。君子之を聴きて、以て其の心を平らかにす。心平らかなれば徳和す。故に詩に曰く、『徳音瑕あらず』と。今据は然らず。君の可と謂う所は、据も亦可と曰い、君の否と謂う所は、据も亦否と曰う。水を以て水を済うが若し、誰か能く之を食らわん。琴瑟の専一なるが若し、誰か能く之を聴かん。同の不可なること是くの如し」と。公曰く、「善し」と。
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『墨子』親士故に賢君有りと雖も、功無きの臣を愛せず。慈父有りと雖も、益無きの子を愛せず。是の故に其の任に勝えずして其の位に處るは、此の位の人に非ざるなり。其の爵に勝えずして其の祿に處るは、此の祿の主に非ざるなり。良弓は張り難し、然れども以て髙きに及び深きに入る可し。良馬は乗り難し、然れども以て重きに任じ逺きに致す可し。良才は令し難し、然れども以て君を致して尊ばれしむ可し。是の故に江河は小谷の己を滿たすを惡まず、故に能く大なり。聖人は、事に辭すること無く、物に違うこと無し、故に能く天下の器と為る。是の故に江河の水は、一源に非ざるなり。千鎰の裘は、一狐の白に非ざるなり。夫れ惡んぞ同方を取り、同じからざるを取らざる者有らんや。盖し兼王の道に非ざるなり。
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『新論』守禦(古は賢才を挙ぐるに、限るに門流を以てせず。大宝の制令に至りても、亦た国学をして大学に入りて試用せらるるを得しむ。且つ虞夏商周の如きも、学制亦た備はれり。而して諸侯にも亦た貢士の法有り。皆天下の俊賢を旁く羅して遺さざる所以なり。天下の事は、固より一端ならず。而るに士を取ること一国一都に止まれば、則ち其の国都の間、俗の慣習する所、風尚素より同じくして、其の謀議布陳する所も、亦た甚だしくは相遠からず、言多く雷同し、其の天下の事に於ける、偏へに一端を挙げて、天下の善を兼ぬる能はず。故に聖賢は天下の賢俊を致す所以に於て尤も心を尽くす。故に禹曰く、万邦の黎献、惟れ帝時れを挙げよ。帝時れをせずんば、敷く同じくして日に奏すとも功罔からん、と。苟も能く思ひを此に致さば、則ち舜の人に取りて以て善を為す所以の者と、其の無為にして治まる所以の者とも、亦た見るべきなり。)
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