弁道 / 第十四則
變化氣質。宋儒所造。淵源乎中庸。先王孔子之道所無也。傳所謂變者。謂變其習也。夫先王孔子之道。安天下之道也。安天下。非一人所能爲矣。必得衆力以成之矣。辟諸春夏秋冬備。而後歲功可成焉。椎鑿刀鋸備。而後匠事可爲焉。寒熱補瀉備。而後醫術可施焉。錐欲其銳。椎欲其鈍。石膏大寒。附子大熱。不爾。先王治天下。莫有所用其材也。
新字:変化気質。宋儒所造。淵源乎中庸。先王孔子之道所無也。伝所謂変者。謂変其習也。夫先王孔子之道。安天下之道也。安天下。非一人所能為矣。必得衆力以成之矣。辟諸春夏秋冬備。而後歳功可成焉。椎鑿刀鋸備。而後匠事可為焉。寒熱補瀉備。而後医術可施焉。錐欲其鋭。椎欲其鈍。石膏大寒。附子大熱。不爾。先王治天下。莫有所用其材也。
書き下し
気質を変化するは、宋儒の造る所にして、中庸に淵源す。先王孔子の道に無き所なり。伝の所謂変ずとは、其の習ひを変ずるを謂ふなり。夫れ先王孔子の道は天下を安んずるの道なり。天下を安んずるは一人の能く為す所に非ず。必ず衆力を得て以て之を成す。諸を辟ふるに、春夏秋冬備はりて、而る後に歳功成すべし。椎鑿刀鋸備はりて、而る後に匠事為すべし。寒熱補瀉備はりて、而る後に医術施すべし。錐は其の鋭きを欲し、椎は其の鈍きを欲す。石膏は大寒、附子は大熱。爾らずんば、先王天下を治むるに、其の材を用ふる所有る莫きなり。
現代語訳
「気質を変化させる」というのは宋儒が作ったもので、『中庸』に源がある。先王・孔子の道にはないものである。古い伝に「変える」とあるのは、習慣を変えることを言うのである。そもそも先王・孔子の道は天下を安んずる道である。天下を安んずることは一人でできることではない。必ず多くの人の力を得て成し遂げるものである。たとえば春夏秋冬がそろってはじめて一年の実りが得られる。槌・鑿・小刀・鋸がそろってはじめて大工仕事ができる。冷やす薬・温める薬・補う薬・瀉す薬がそろってはじめて医術が施せる。錐は鋭いのがよく、槌は鈍いのがよい。石膏はひどく冷やす薬、附子はひどく温める薬である。そうでなければ、先王が天下を治めるのに、人の才能を用いるところがなくなってしまう。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』親士故に賢君有りと雖も、功無きの臣を愛せず。慈父有りと雖も、益無きの子を愛せず。是の故に其の任に勝えずして其の位に處るは、此の位の人に非ざるなり。其の爵に勝えずして其の祿に處るは、此の祿の主に非ざるなり。良弓は張り難し、然れども以て髙きに及び深きに入る可し。良馬は乗り難し、然れども以て重きに任じ逺きに致す可し。良才は令し難し、然れども以て君を致して尊ばれしむ可し。是の故に江河は小谷の己を滿たすを惡まず、故に能く大なり。聖人は、事に辭すること無く、物に違うこと無し、故に能く天下の器と為る。是の故に江河の水は、一源に非ざるなり。千鎰の裘は、一狐の白に非ざるなり。夫れ惡んぞ同方を取り、同じからざるを取らざる者有らんや。盖し兼王の道に非ざるなり。
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『政談』諸役人に器量を選ふ事其の器量ある人の下に在ることは如何なることぞと云ふに、元来上たる人に人を撰む心なき故なり、人をは相応に撰ふとも撰みやうの悪しけれは、自から人を撰ふ心之なきに似たるなり、撰みやうの悪しきと云ふは、最前に云ひたる如く上の物好きにて人を撰む故、各別なる智恵の人をは気に合はすして用ひす、唯々我か気に合ふたる人ばかりを用ゆる故、幾人取り出しても只上の身を分けたるやうなるものにて、幾人にても一人の如し、之を人なきと云ふなり、此の上に又様々の悪弊ありて邪魔となり、善き人は下に隔てられて見えぬなり、使ひ込めは人に成るへき人も皆悪しくなる故益々人はなく、其の様々の悪弊と云ふは人に身を踏込せぬやうに仕掛ること是れ第一の悪弊なり、
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『政談』諸役人に器量を選ふ事それとも其の人全く上たる人の心に毫髪も違はすんば善き事にはあらされとも、上の望みには叶ふへけれとも、凡そ人たる者生れつき其の器量才智人々各別なるものにて、同一なる人は天地の間に之なきことなるゆゑ、人心の同しからさること面の如しと云ふ古語あり、左れは其の上思召に毫髪も違はす能く上の御心を知りて、上の御身を分けたる如くなる人は皆我か器量才智をは出さす、無理におしまけて上へ合はせて仕込たる事にて、阿諛諂侫のともがらなり、斯の如き人は身を踏込ます、忠義の心全くなし、大悪人也と知るへし、
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