政談 / 御徒士衆與力を頭の心儘に入るゝ事並に御旗本諸役人に召出さるゝ事
御先々前御代に召し出たされたる役筋のものなどをけつりすつるやうに思ふ人あれとも、下賤なる人は上よりも才智あるものなり、唯た使ひやうの惡しさに其の才智皆わさはいの筋になりたるなり、能く使ひ立ては器量の人も其內にあるへし、其の上此等は上の思し召にて召し出たされたれは其人に咎なし、下賤なる人の金にて私かに御家人に成りたるとは各別なることなり、仕度御旗本になれたまへるものなれは、元よりの御旗本と同然に御あいしらひたるへし、然るを元來の家筋惡きとて、賤しむることになれは、上の御威光は立たぬことになりて甚た宜しからさることなり、假令百姓町人なりとも才智あらんものをは當時新たに召し出されて御家人になし賜はるとも、上の御威光にて國家を治むる道には何の憚りあるべき、兎角に家筋を立つる方と賢才を擧くる方とは裏腹なることにて、國家治亂の分るゝことは玆にあることなり、
新字:御先々前御代に召し出たされたる役筋のものなどをけつりすつるやうに思ふ人あれとも、下賤なる人は上よりも才智あるものなり、唯た使ひやうの悪しさに其の才智皆わさはいの筋になりたるなり、能く使ひ立ては器量の人も其内にあるへし、其の上此等は上の思し召にて召し出たされたれは其人に咎なし、下賤なる人の金にて私かに御家人に成りたるとは各別なることなり、仕度御旗本になれたまへるものなれは、元よりの御旗本と同然に御あいしらひたるへし、然るを元来の家筋悪きとて、賤しむることになれは、上の御威光は立たぬことになりて甚た宜しからさることなり、仮令百姓町人なりとも才智あらんものをは当時新たに召し出されて御家人になし賜はるとも、上の御威光にて国家を治むる道には何の憚りあるべき、兎角に家筋を立つる方と賢才を挙くる方とは裏腹なることにて、国家治乱の分るゝことは玆にあることなり、
書き下し
御先々前御代に召し出たされたる役筋のものなどをけつりすつるやうに思ふ人あれとも、下賤なる人は上よりも才智あるものなり、唯た使ひやうの悪しさに其の才智皆わさはいの筋になりたるなり、能く使ひ立ては器量の人も其内にあるへし、其の上此等は上の思し召にて召し出たされたれは其人に咎なし、下賤なる人の金にて私かに御家人に成りたるとは各別なることなり、仕度御旗本になれたまへるものなれは、元よりの御旗本と同然に御あいしらひたるへし、然るを元来の家筋悪きとて、賤しむることになれは、上の御威光は立たぬことになりて甚た宜しからさることなり、仮令百姓町人なりとも才智あらんものをは当時新たに召し出されて御家人になし賜はるとも、上の御威光にて国家を治むる道には何の憚りあるべき、兎角に家筋を立つる方と賢才を挙くる方とは裏腹なることにて、国家治乱の分るゝことは玆にあることなり、
現代語訳
御先々前代に召し出された役筋の者などを削り捨てるように思う人がいるが、身分の低い人は上の人よりも才知があるものである。ただ使い方が悪いために、その才知がみな災いの筋になったのである。よく使い立てれば、器量のある人もその中にいるであろう。そのうえ、これらは上の思し召しで召し出されたのだから、その人に咎はない。身分の低い人が金でひそかに御家人になったのとは格別に違うことである。せっかく御旗本におなりになった者なのだから、もとからの御旗本と同じように扱われるべきである。それなのに、もとの家筋が悪いといって賤しむことになれば、上の御威光は立たないことになって、はなはだよろしくないことである。たとえ百姓や町人であっても、才知のある者を今新たに召し出されて御家人にしてお与えになっても、上の御威光で国家を治める道には何の憚りがあろうか。とにかく家筋を立てる方と賢才を挙げる方とは裏腹のことであって、国家の治乱が分かれるのはここにあるのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『徂徠先生答問書』卷中されば人々如此心懸候故、見え兼るもことわりにて候。足下も御先祖様の時代の事御聞可被成候。今の世より見候へば、其時分に名を申候能人と申候は皆疵物にて候。是別の子細に無御座候。其時分はぬり隠し申候事無御座候故、疵見え申候。疵見え申候得ば、人才は見え申候。今時も世上の悪俗に染不申候人は疵多く御座候間、疵物にならでは人才はなき物と被思召、疵物の内にて御ゑらび可被成候。疵もなく才も長じ候人を御尋候はゞ、最前申候御物ずきの注文と申物にて、疵なき人は郷原か巧言令色か扨は庸人と可被思召候。以上。
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『政談』官位爵祿の次第並に勳階頭助允目の事且又役人を年久しく役換をさせねは、述懐することなく、其の役に器量相応にて、能く役儀のことを取り捌く人を外の役に替ふることは惜きことなり、是によりて一役に久しく仕置きて役換を申付ぬ時、加增か官位この外仕方なし、是上より下へ賜はりて下たるものに、勇まする道具少き故人を使ふに行支なるなり、町奉行、盗賊奉行なとをする人、役儀を能く勤めて外の役に換へ措しけれと、加增も度々はやられす、是非なく大目付などに役換をさせて、外の人を後役に申付たるとき、幾人申付けても初め大目付に役換をさせたる人の如き人なからんとき、又其人を元役に返すこと後へ歩むことなれは申付け難し、是は譬なり、外の役儀にも箇様なることあるへし、此差支皆な一役一席に立てたるより起りたるなり、
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尉繚子・武議兵を起こして直ちに甲冑をして蟣蝨(きしつ)を生ぜしむる者は、必ず吾が効用を為す所なり。鷙鳥の雀を逐ふに、人の懐を襲ひ、人の室に入る者有るは、生を出だすに非ざるなり、後ろに憚る有ればなり。太公望、年七十にして、牛を朝歌に屠り、食を盟津に売り、七十余を過ぐるも主聴かず、人人之を狂夫と謂ふなり。文王に遇ふに及びては、則ち三万の衆を提げ、一戦して天下定まる、武議に非ずんば安くんぞ能く此に合はんや。故に曰く、
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『甲陽軍鑑』品第十四一上の剛强成る男の仕形は、平生も陣の時は猶ほ以て人にもかまはず働き、前にも我しはざを分別にて工夫し、其塲へ出ては機のきいたる才覚を以て手抦をせんと思ふより、人にも一円搆はぬ者なり、二中の機のきいたる男は上の人に負けまじと機をきいて馳り廻り、上の人におとりて見へぬ者なり、三下の男は只の儀もなく上中の人がゆかば、我等もまいらんとて、ふたりの人に目をつけてつきそひまはる者なり、四其外の男は皆人なみと申すなり、上の男は侍百人の中にふたり、中の男は百人の内に六人、下の男は百人の中に十二人、残て八十人は並なり、
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『韓非子』難二第三十七桓公曰く、「吾聞く、人に君たる者は人を索むるに労し、人を使うに佚すと。吾仲父を得ること已に難し。仲父を得るの後、何為れぞ易からざらんや。」
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『甲陽軍鑑』品第十一一年前代駿河にて今川義元公の時、山本勘介三河国牛くほより今川殿へ奉公の望に参るといへども、彼山本勘介散々夫男にて、其上一眼指も不叶、足はちんばなり、然れども大剛の者なれば義元公へめしおかるゝ様にと広原勘介が宿成る故、おとなの朝比奈兵衛の尉をもつて申上げるは、彼の山本勘介大剛の者なり、殊更城とり陣取り一切の軍法を能く鍛練いたす、京流の兵法も上手なり、軍配をも存知仕つりたる者なりと申せとも、義元公かこへましまさず、駿河にてモヽ味の人の取りがといの山形は第一片輪者数取り服なり其法は其最を人数もとたずして何とて左様の義存ぜん、今川殿へ奉公に出て度きとて虚言を云ふなりと各申すにより、
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