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政談 / 諸役人職分支配を分つ事

言語容貌をたしなむことは我か身を重々しく持ちなして、外をつくろふやうに不學の人は思へとも是亦左にはあらす、職分重けれは身持ち重々しきこと第一當然の宜しきなり、左樣の人をは重んじ敬ふこと是亦自然の道理なり、人の重んじ敬ふを上に据ゑて下知するときは、下能く之に從ふ、是亦自然の道理なり、是によりて役儀重けれは言語容貌をたしなむこと、古より斯くあることにて、全く外を繕ふ筋にはあらす、言語容貌粗末にて、下へ向て無禮をする人は、下の才智をそたてぬこゝろ入成る上に、左樣の人には下の心服せさる故必す政務の滯りと成り、上の思召の筋も下へ行き渡らぬこと也、

新字:言語容貌をたしなむことは我か身を重々しく持ちなして、外をつくろふやうに不学の人は思へとも是亦左にはあらす、職分重けれは身持ち重々しきこと第一当然の宜しきなり、左様の人をは重んじ敬ふこと是亦自然の道理なり、人の重んじ敬ふを上に据ゑて下知するときは、下能く之に従ふ、是亦自然の道理なり、是によりて役儀重けれは言語容貌をたしなむこと、古より斯くあることにて、全く外を繕ふ筋にはあらす、言語容貌粗末にて、下へ向て無礼をする人は、下の才智をそたてぬこゝろ入成る上に、左様の人には下の心服せさる故必す政務の滞りと成り、上の思召の筋も下へ行き渡らぬこと也、

書き下し

言語容貌をたしなむことは我か身を重々しく持ちなして、外をつくろふやうに不学の人は思へとも是亦左にはあらす、職分重けれは身持ち重々しきこと第一当然の宜しきなり、左様の人をは重んじ敬ふこと是亦自然の道理なり、人の重んじ敬ふを上に据ゑて下知するときは、下能く之に従ふ、是亦自然の道理なり、是によりて役儀重けれは言語容貌をたしなむこと、古より斯くあることにて、全く外を繕ふ筋にはあらす、言語容貌粗末にて、下へ向て無礼をする人は、下の才智をそたてぬこゝろ入成る上に、左様の人には下の心服せさる故必す政務の滞りと成り、上の思召の筋も下へ行き渡らぬこと也、

現代語訳

言葉や態度を慎むことを、学問のない人は、自分の身を重々しく見せて外見を取り繕うことだと思うが、これもそうではない。職分が重ければ身持ちが重々しいのが第一に当然のことである。そうした人を重んじ敬うのも自然の道理である。人が重んじ敬う人を上に据えて指図させれば、下はよくそれに従う。これも自然の道理である。だから役儀が重ければ言葉と態度を慎むのは昔からそうしたものであって、まったく外見を繕う筋のことではない。言葉や態度が粗末で、下に向かって無礼をする人は、下の才知を育てない心持ちであるうえに、そういう人には下が心服しないので、必ず政務が滞り、上の思し召しも下へ行き渡らなくなる。

解説

言葉と態度を慎むのは見栄や体裁のためではない、と徂徠は念を押す。重い職にある人が重々しく振る舞えば人は敬い、敬う人の指図には下がよく従う。反対に部下へ無礼な人は才知を育てる気がないうえ心服も得られず、政務が滞り、上の意図も末端まで届かなくなる。礼を統治の実際の働きとして捉えるのは、礼楽を重んじる徂徠らしい見方である。現代の組織でも、上司の横柄な物言いは部下の発言を止め、情報の流れそのものを詰まらせる。礼儀は組織の通信路を保つ仕組みでもある。

この章句が説くこと

礼心服職分政務言語容貌

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