政談 / 諸役人職分支配を分つ事
東照宮の御時重き御役人の仰せ付けらるゝには、必す下の沙汰を御聞き有りて、下にて其の役になるへきと定むる人を必す仰せ付けられたりと承はる、古き人の物語りには下の思ひ付きたる人を重役に仰付けらるゝ時は下たる人能く下知を承はる故なりと云ふ、尤のこと也、それのみにあらす重々に深き神慮なりと存し奉るなり、惣して人のよしあしは上よりは見えかぬるものなり、誰人によらす人々上の思し召しを受けて上にあはせ、上の思し召しに入らんとすること人情の常なる故、其の人の本心は匿れて見え難く、假令聖賢の君にても上よりは人の善惡見えぬこと理の當然也、
新字:東照宮の御時重き御役人の仰せ付けらるゝには、必す下の沙汰を御聞き有りて、下にて其の役になるへきと定むる人を必す仰せ付けられたりと承はる、古き人の物語りには下の思ひ付きたる人を重役に仰付けらるゝ時は下たる人能く下知を承はる故なりと云ふ、尤のこと也、それのみにあらす重々に深き神慮なりと存し奉るなり、惣して人のよしあしは上よりは見えかぬるものなり、誰人によらす人々上の思し召しを受けて上にあはせ、上の思し召しに入らんとすること人情の常なる故、其の人の本心は匿れて見え難く、仮令聖賢の君にても上よりは人の善悪見えぬこと理の当然也、
書き下し
東照宮の御時重き御役人の仰せ付けらるゝには、必す下の沙汰を御聞き有りて、下にて其の役になるへきと定むる人を必す仰せ付けられたりと承はる、古き人の物語りには下の思ひ付きたる人を重役に仰付けらるゝ時は下たる人能く下知を承はる故なりと云ふ、尤のこと也、それのみにあらす重々に深き神慮なりと存し奉るなり、惣して人のよしあしは上よりは見えかぬるものなり、誰人によらす人々上の思し召しを受けて上にあはせ、上の思し召しに入らんとすること人情の常なる故、其の人の本心は匿れて見え難く、仮令聖賢の君にても上よりは人の善悪見えぬこと理の当然也、
現代語訳
東照宮(徳川家康)の御代には、重い御役人を任命するとき、必ず下の評判をお聞きになり、下でその役にふさわしいと定めている人を必ず任命なさったと承っている。古老の話では、下の者が慕っている人を重役に任ずれば、下の者がその指図をよく受けるからだという。もっともなことである。それだけでなく、幾重にも深いお考えであったと存じ上げる。総じて人の良し悪しは上からは見えにくいものである。誰であれ、人は上のお考えを受けて上に合わせ、上のお気に入りになろうとするのが人情の常であるから、その人の本心は隠れて見えにくく、たとえ聖賢の君主であっても、上からは人の善悪が見えないのは理の当然である。
解説
この章句が説くこと
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