政談 / 諸役人職分支配を分つ事
執政の臣は言語容貌を愼ませ、下へ向ひて慮外を云はす、無禮なることのなきを第一とすへし、聖賢の風儀いましめなりおろそかに心得へからす、俗料見には才智さへあらは言語容貌は搆はても苦しかるましきと思へ共左にはあらす、執政の臣は外の役儀とは變り古の大臣の職也、赫々たる師尹民具に爾を瞻ると云へる詩經の句を大學にも引きたるにて、聖賢の道は甚た重きことに云へり、執政の臣は重き職分なれは、その人の詞行作をは下よりは萬人常に心を付て見ることなる故、一言一事をも世上にて評判し、遠國まても聞き傳へて天下に隔てなし、されは御役を付られし上の御爲めを大切に思し入たらんは言語容貌に心を付け愼ますして叶はさることなり、元祿の頃まて何れも此の嗜ありて言語容貌も美事成りしに、正德のころよりこの風衰へて今は重〳〵しき身持の人なし、
新字:執政の臣は言語容貌を慎ませ、下へ向ひて慮外を云はす、無礼なることのなきを第一とすへし、聖賢の風儀いましめなりおろそかに心得へからす、俗料見には才智さへあらは言語容貌は搆はても苦しかるましきと思へ共左にはあらす、執政の臣は外の役儀とは変り古の大臣の職也、赫々たる師尹民具に爾を瞻ると云へる詩経の句を大学にも引きたるにて、聖賢の道は甚た重きことに云へり、執政の臣は重き職分なれは、その人の詞行作をは下よりは万人常に心を付て見ることなる故、一言一事をも世上にて評判し、遠国まても聞き伝へて天下に隔てなし、されは御役を付られし上の御為めを大切に思し入たらんは言語容貌に心を付け慎ますして叶はさることなり、元禄の頃まて何れも此の嗜ありて言語容貌も美事成りしに、正徳のころよりこの風衰へて今は重〳〵しき身持の人なし、
書き下し
執政の臣は言語容貌を慎ませ、下へ向ひて慮外を云はす、無礼なることのなきを第一とすへし、聖賢の風儀いましめなりおろそかに心得へからす、俗料見には才智さへあらは言語容貌は搆はても苦しかるましきと思へ共左にはあらす、執政の臣は外の役儀とは変り古の大臣の職也、赫々たる師尹民具に爾を瞻ると云へる詩経の句を大学にも引きたるにて、聖賢の道は甚た重きことに云へり、執政の臣は重き職分なれは、その人の詞行作をは下よりは万人常に心を付て見ることなる故、一言一事をも世上にて評判し、遠国まても聞き伝へて天下に隔てなし、されは御役を付られし上の御為めを大切に思し入たらんは言語容貌に心を付け慎ますして叶はさることなり、元禄の頃まて何れも此の嗜ありて言語容貌も美事成りしに、正徳のころよりこの風衰へて今は重〳〵しき身持の人なし、
現代語訳
執政の臣(老中など政務を執る重臣)は、言葉づかいと身のこなしを慎み、下の者に向かって無遠慮なことを言わず、無礼のないことを第一とすべきである。これは聖賢の作法であり戒めであって、おろそかに考えてはならない。俗な考えでは、才知さえあれば言葉や態度はどうでも構わないと思われがちだが、そうではない。執政の臣はほかの役職とは違い、古の大臣の職である。「赫々たる師尹、民具に爾を瞻る(威光盛んな太師の尹氏よ、民はみなあなたを仰ぎ見ている)」という『詩経』の句を『大学』でも引いており、聖賢の道ではこれをきわめて重いことと説いている。執政の臣は重い職分であるから、その人の言葉や行いを下の万人が常に注意して見ており、一言一事も世間で評判となり、遠国まで伝わって天下に隠れるところがない。だから御役を任された以上、上(将軍)の御ためを大切に思うならば、言葉と身のこなしに気を配って慎まずにはいられないはずである。元禄のころまではどの人もこの嗜みがあり、言葉も態度も立派だったが、正徳のころからこの気風が衰えて、今では重々しい身持ちの人がいない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『五常訓』巻之四・礼一朱子曰、礼は即理の節文なり。いふ意は、万の行、道理にかなひて、過不及なく、程よきを云ふ。飲食の一事をいはば、うゑかわく時に飲み食ふは理なり。されども、飲み食ふべき理なりとて、みだりに多く飲み食へば、放逸にして、みだりがはしく、又必病を生ず。飲み食ふべき理にあたりて、過不及なく、よき程なるが、理の節文なり。万の事、是を以て知るべし。
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『五常訓』巻之四・礼本立てば末は是より出づる理なり。末のみ修りて、本なきは、誠なくして、礼の道たたず。喪の礼は、ことさら真実ならでは行はれざるものなれば、既に礼の本を説きて、又其内より、喪の礼の本をかかげ出して説き給ふ。
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『五常訓』巻之四・礼一礼記に、子曰、敬ひて礼にあたらざる、これを野と云ふ。敬ふは誠によけれど、礼にかなはざれば、これ野きなり。敬によき程の法あり。過不及ありて、其法にかなはざるは、是礼にあたらざるなり。況やおごりて理にかなはざるは、ことに礼にそむけり。野きより、其害甚し。
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『五常訓』巻之四・礼一威儀をつつしみ、衣冠を正しくし、視ること、聴くこと、言ふこと、動くことの四事につきて、各過不及なく、よき程の法あり。又親につかへ、君につかふるに、各さだまれる法あり。兄弟、夫婦に対し、賓客にまじはり、臣下に対し、民をつかひ、先祖鬼神をまつるも法あり。是礼は、皆天理のよき程なる節文にして、人事の定まれる作法なり。仁義皆理なりといへども、とりわき礼を理といへるに子細あり。理とは行ふべきすぢめなり。万事を行ふに、皆定まりたる作法あり。是人の行ふべきすぢめなり。是即礼なり。ここを以て聖人の説き給へる礼の字は、理の字にあたれり。然れども理といはずして礼といへるに、子細あり。理といへば形と事にあらはれたる迹なくして、虚なり。
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『弁名』禮礼は道の名なり。先王の制作する所の四教・六芸、是れ其の一に居る。所謂経礼三百、威儀三千、是れ其の物なり。六芸は、書・数は庶人の官に在る者、府・史・胥・徒の専ら務むる所と為す。御も亦た士の職とする所なり。射は諸侯に通ずと雖も、其の所謂射は、礼楽を以て之を行ふ、民の射の皮を主とする者の比に非ず。唯だ礼楽のみ乃ち芸の大なる者にして、君子の務むる所なり。而して楽は伶官に掌られ、君子以て徳を養ふのみ。礼に至りては則ち君子此を以て顕業と為す。是を以て孔子少くして礼を知るを以て称せられ、周に之きて礼を老聃に問ひ、杞に之き宋に之き、唯だ礼を之れ求む。子夏の記す所、曾子の問ふ所、七十子皆礼に断断たり。檀弓の諸篇に見ゆ。三代の君子の礼を務むる、以て見るべきのみ。
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『弁名』禮是の礼楽の教は、黙して之を識るに在りと雖も、然れども人の知、至る有り、至らざる有り。故に孔子時有りてか、一隅を挙げて以て其の義を語る。義とは先王の礼を制する所以の義、戴記に載する所皆是れのみ。祇だ人の知、至る有り、至らざる有り。故に七十子の先王を信ずる、孔子の先王を信ずるに及ばず。其の人の七十子を信ずるも、亦た七十子の孔子を信ずるに及ばず。故に其の人に喩さんと欲するの急なる、其の義を論説して已まず。日に以て蔓衍し、以て戦国の時に至りて、義遂に礼を離れて孤行し、復た礼に就きて其の義を言はず。孟子の書を観て見るべきのみ。此れより其の後、古を去ること益〻遠く、義理の説益〻盛んに、囂然として以て天下を乱し、先王・孔子の教、蕩乎として尽く。悲しいかな。
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