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政談 / 諸役人職分支配を分つ事

新寺新社のことも御城下はかりの制禁のやう也、御城下にても士屋敷町屋敷の內に在る社は誰知る人なし、田舍は地頭も住み居ず、代官も居らねは只あけはなしのやう也、小さき社は小き堂を新規に立てゝも咎むる人無し、誰にても信向する人ありて修覆建立をすれは、忽ちに大社大堂となれとも誰知る人なし、神主氏子を勸進して金を集め上京して吉田へ願へは正一位にはたやすくなる、住持たはんしやう開山をすれはいつの間にか宗派ふかき寺にもなる、奉行も知らす五十年も立てはいづかたにも記錄なく覺えたる人も死うする、いつのまにか大社大寺となるたぐひ甚た多し、是皆寺社の定格と云ふものなき故也、古は寺社の定格有れはこそ神名帳と云ふものもある也、社の内に末社を立て、寺の內に堂を立つること、心次第にて其の數を知らす、餘り數多き故佛神の威光も靈驗も自ら衰へ行く淺間しきこと也、

新字:新寺新社のことも御城下はかりの制禁のやう也、御城下にても士屋敷町屋敷の内に在る社は誰知る人なし、田舎は地頭も住み居ず、代官も居らねは只あけはなしのやう也、小さき社は小き堂を新規に立てゝも咎むる人無し、誰にても信向する人ありて修覆建立をすれは、忽ちに大社大堂となれとも誰知る人なし、神主氏子を勧進して金を集め上京して吉田へ願へは正一位にはたやすくなる、住持たはんしやう開山をすれはいつの間にか宗派ふかき寺にもなる、奉行も知らす五十年も立てはいづかたにも記録なく覚えたる人も死うする、いつのまにか大社大寺となるたぐひ甚た多し、是皆寺社の定格と云ふものなき故也、古は寺社の定格有れはこそ神名帳と云ふものもある也、社の内に末社を立て、寺の内に堂を立つること、心次第にて其の数を知らす、余り数多き故仏神の威光も霊験も自ら衰へ行く浅間しきこと也、

書き下し

新寺新社のことも御城下はかりの制禁のやう也、御城下にても士屋敷町屋敷の内に在る社は誰知る人なし、田舎は地頭も住み居ず、代官も居らねは只あけはなしのやう也、小さき社は小き堂を新規に立てゝも咎むる人無し、誰にても信向する人ありて修覆建立をすれは、忽ちに大社大堂となれとも誰知る人なし、神主氏子を勧進して金を集め上京して吉田へ願へは正一位にはたやすくなる、住持たはんしやう開山をすれはいつの間にか宗派ふかき寺にもなる、奉行も知らす五十年も立てはいづかたにも記録なく覚えたる人も死うする、いつのまにか大社大寺となるたぐひ甚た多し、是皆寺社の定格と云ふものなき故也、古は寺社の定格有れはこそ神名帳と云ふものもある也、社の内に末社を立て、寺の内に堂を立つること、心次第にて其の数を知らす、余り数多き故仏神の威光も霊験も自ら衰へ行く浅間しきこと也、

現代語訳

新寺・新社のことも御城下ばかりの禁制のようである。御城下でも、士屋敷・町屋敷の内にある社は誰も知る人がない。田舎は地頭も住んでおらず、代官もいないので、ただ開け放しのようである。小さな社や小さな堂を新規に建てても咎める人がない。誰でも信心する人があって修復・建立をすれば、たちまちに大社・大堂となっても誰も知る人がない。神主が氏子に勧進して金を集め、上京して吉田(吉田家)へ願えば、正一位にはたやすくなる。住持が中興開山をすれば、いつの間にか宗派の深い寺にもなる。奉行も知らず、五十年も経てばどこにも記録がなく、覚えている人も死に失せる。いつの間にか大社・大寺となる類いが甚だ多い。これは皆、寺社の定格というものがないからである。古は寺社の定格があったからこそ神名帳というものもあるのである。社の内に末社を立て、寺の内に堂を立てることは心次第で、その数を知らない。あまりに数が多いので、仏神の威光も霊験もおのずから衰えてゆく、浅ましいことである。

解説

新しい寺社の建立は城下でしか取り締まられず、屋敷内の社は把握されず、田舎は野放しだと徂徠は言う。信者が金を出せば小さな祠がたちまち大社になり、吉田家に願えば正一位も容易に得られ、五十年もすれば由来を知る者もいなくなる。古代の神名帳のような定格がないためであり、数が増えすぎて神仏の威光までが衰えると嘆く。登録と台帳の不在が、権威の乱発と価値の低下を招く構図である。現代でも、資格や称号、社内の組織や制度が無秩序に増えると、一つひとつの重みが失われる。

この章句が説くこと

寺社台帳定格権威記録政談

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