政談 / 諸役人職分支配を分つ事
皆何れも御政務の筋を分けて掌る人なき故その一向きを平生ともに專一に心掛くることなく、只鼻の先きにて御用多きを自慢して忙はしげに走りまはるばかりを專一とすること當時の風俗なる故なり、特に學問幷に法を立すしては時にとり御政務の筋にも非す、急用ならぬことなる故下よりその道の人申し上けたきことあれとも、御老中若老中なと忙はしげに働かるゝ中へは其道の人も得申し出てぬなり、たま〳〵申し出てゝも大方はけちらかれて揚けられぬ、是によりて學問の筋諸藝の筋は日々に衰へ行くことなり、皆定まりて掌る人なき故なり、
新字:皆何れも御政務の筋を分けて掌る人なき故その一向きを平生ともに専一に心掛くることなく、只鼻の先きにて御用多きを自慢して忙はしげに走りまはるばかりを専一とすること当時の風俗なる故なり、特に学問幷に法を立すしては時にとり御政務の筋にも非す、急用ならぬことなる故下よりその道の人申し上けたきことあれとも、御老中若老中なと忙はしげに働かるゝ中へは其道の人も得申し出てぬなり、たま〳〵申し出てゝも大方はけちらかれて揚けられぬ、是によりて学問の筋諸芸の筋は日々に衰へ行くことなり、皆定まりて掌る人なき故なり、
書き下し
皆何れも御政務の筋を分けて掌る人なき故その一向きを平生ともに専一に心掛くることなく、只鼻の先きにて御用多きを自慢して忙はしげに走りまはるばかりを専一とすること当時の風俗なる故なり、特に学問幷に法を立すしては時にとり御政務の筋にも非す、急用ならぬことなる故下よりその道の人申し上けたきことあれとも、御老中若老中なと忙はしげに働かるゝ中へは其道の人も得申し出てぬなり、たま〳〵申し出てゝも大方はけちらかれて揚けられぬ、是によりて学問の筋諸芸の筋は日々に衰へ行くことなり、皆定まりて掌る人なき故なり、
現代語訳
皆いずれも御政務の筋を分けてつかさどる人がいないので、その一方面を平生から専一に心がけることがなく、ただ鼻の先で御用が多いことを自慢して、忙しげに走り回るばかりを専一とすることが、今の風俗であるからである。ことに学問ならびに法を立てることは、時によっては御政務の筋でもなく、急用でないことなので、下からその道の人が申し上げたいことがあっても、御老中・若老中などが忙しげに働かれる中へは、その道の人も申し出ることができないのである。たまたま申し出ても、たいていは蹴散らされて取り上げられない。これによって学問の筋や諸芸の筋は日々に衰えてゆくのである。皆、定まってつかさどる人がいないからである。
解説
この章句が説くこと
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