政談 / 官位爵祿の次第並に勳階頭助允目の事
面々の手前にてしたること故多くは甚だ秘して同役にも見せす、手前の功はかりを立てんとす、新同役出來すれは我に手を下けさせて、少しつゝ敎へていつまても我か手に付けんとすること當時專らなり、是によりて諸役ともに皆同役一味して、上へは匿して申し上けす、人新役に器量のものありても獨立ちを思ひ入れ御奉公をすることならす、是留帳なき弊なり、留帳あるときは新役人も其の帳面にて役儀の取扱ひ相知るゝ故、御役仰せ付けられたる明日よりも役儀勤まるへし、其上留帳なきときは先格先例に之なきことなれとも、量見してみれは必すあるへきことなとのあるをも兼て吟味し、工夫をして置くへきやうなし、惣して役人茫然として役儀のことに暗きは留帳なき故也、
新字:面々の手前にてしたること故多くは甚だ秘して同役にも見せす、手前の功はかりを立てんとす、新同役出来すれは我に手を下けさせて、少しつゝ教へていつまても我か手に付けんとすること当時専らなり、是によりて諸役ともに皆同役一味して、上へは匿して申し上けす、人新役に器量のものありても独立ちを思ひ入れ御奉公をすることならす、是留帳なき弊なり、留帳あるときは新役人も其の帳面にて役儀の取扱ひ相知るゝ故、御役仰せ付けられたる明日よりも役儀勤まるへし、其上留帳なきときは先格先例に之なきことなれとも、量見してみれは必すあるへきことなとのあるをも兼て吟味し、工夫をして置くへきやうなし、惣して役人茫然として役儀のことに暗きは留帳なき故也、
書き下し
面々の手前にてしたること故多くは甚だ秘して同役にも見せす、手前の功はかりを立てんとす、新同役出来すれは我に手を下けさせて、少しつゝ教へていつまても我か手に付けんとすること当時専らなり、是によりて諸役ともに皆同役一味して、上へは匿して申し上けす、人新役に器量のものありても独立ちを思ひ入れ御奉公をすることならす、是留帳なき弊なり、留帳あるときは新役人も其の帳面にて役儀の取扱ひ相知るゝ故、御役仰せ付けられたる明日よりも役儀勤まるへし、其上留帳なきときは先格先例に之なきことなれとも、量見してみれは必すあるへきことなとのあるをも兼て吟味し、工夫をして置くへきやうなし、惣して役人茫然として役儀のことに暗きは留帳なき故也、
現代語訳
(今はその役に久しい人が)銘々の手元でしたことなので、多くは甚だ秘して同役にも見せず、自分の手柄ばかりを立てようとする。新しい同役ができれば、自分に頭を下げさせて、少しずつ教えて、いつまでも自分の手の内に付けておこうとすることが、今はもっぱらである。これによって諸役ともに皆、同役が一味して上へは隠して申し上げず、新役に器量のある者がいても、独り立ちを思い入れて御奉公をすることができない。これは留帳がない弊害である。留帳があるときは、新役人もその帳面で役儀の取り扱いがわかるので、御役を仰せ付けられた明日からでも役儀が勤まるであろう。そのうえ留帳がないときは、先格・先例にはないことであっても、考えてみれば必ずあるはずのことなどがあるのを、前もって吟味し工夫しておきようがない。総じて役人が茫然として役儀のことに暗いのは、留帳がないからである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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史記 張儀列伝燕王曰く、「寡人は蛮夷の僻処なり、大男子と雖も裁かに嬰児の如く、言以て正計を采るに足らず。今上客幸ひに之に教ふ、請ふ西面して秦に事へ、恒山の尾の五城を献ぜん」と。燕王儀に聴く。儀帰報す、未だ咸陽に至らずして秦の恵王卒し、武王立つ。武王太子為りし時より張儀を説ばず、即位するに及び、群臣多く張儀を讒して曰く、「信無く、左右に国を売りて以て容を取る。秦必ず復た之を用ひば、恐らくは天下の笑ひと為らん」と。諸侯張儀の武王と卻有るを聞き、皆衡に畔き、復た従に合す。
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『正法眼蔵随聞記』巻二其れをもの知らぬはわるしと、人も思ひ、愚人と自らも覚ゆる事を傷んで、ものを知らんとて、博く内外典を学し、剰さへ世間世俗の事をも知らんと思ふて、諸事を好み学し、あるひは人にも知りたる由をもてなすは、究めて僻事なり、学道のため真実に無用なり、知りたるを知らざる気色するもむつかしくやうがましければ、却てあたる気色にてあしきなり、本とより知らざらんは苦るしからざることなり、
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論語・子路篇子曰く、詩三百を誦し、之に授くるに政を以てして達せず。四方に使いして、専対する能わず。多しと雖も、亦た奚を以て為さん。
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論語・為政篇子曰く、由よ、女(なんじ)に之を知るを誨えんか。之を知るを之を知ると為し、知らざるを知らずと為す、是れ知るなり。
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『墨子』貴義子墨子曰く、今、瞽、「鉅なる者は白なり、黔なる者は黒なり」と曰う。眀目なる者と雖も以て之を易うる無し。白黒を兼ねて、瞽をして焉を取らしむれば、知る能わざるなり。故に我れ曰く、瞽の白黒を知らざるは、其の名を以てするに非ざるなり、其の取るを以てするなり。今、天下の君子の仁を名づくるや、禹湯と雖も以て之を易うる無し。仁と不仁とを兼ねて、天下の君子をして焉を取らしむれば、知る能わざるなり。故に我れ曰く、天下の君子の仁を知らざるは、其の名を以てするに非ざるなり、亦た其の取るを以てするなり。
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『墨子』經說下指す有り。子、是を智り、是れ吾が先に舉ぐる所を智る有るは、重なり。則ち子、是を智れども、吾が先に舉ぐる所を智らざるは、是れ一なり。智る有り、智らざる有りと謂うなり。若し之を智らば、則ち當に之を指して智るを我に告ぐべし。則ち我れ之を智る。兼ねて之を指すは二を以てなり。衡して之を指すは、參えて之を直くするなり。若し曰く、必ず獨り吾が舉ぐる所を指し、吾が舉げざる所を舉ぐること毋かれと。則ち者は固より獨り指す能わず、相わんと欲する所、傳わらず。意うに若し未だ校せずして、且つ其の智る所は是なり、智らざる所も是なりとせば、則ち是れ是の智らざるを智るなり。惡くんぞ一と為すを得ん。謂いて智る有り、智らざる有るなり。所。智るなり、其の執、固より指す可からざるなり。逃臣は、其の處を智らず。狗犬は、其の名を智らざるなり。遺れたる者は、巧なるも兩つながらする能わざるなり。
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