政談 / 貸借の道の事
偖貸借の法と云ふは異朝には契劵の法と云ふこと有りて、手形紙を役人より出させて其の價を取りて右の紙の入り目とし、此の紙を用ゆるにあらされは貸借の公事は相對にして捌かす、此の紙を用ひたる手形ばかりを捌くことにして、偖貸借の法を立つることある也、されとも此の方にては德少なく醫多にて不便利なるへし、紙には構はす町にても田舍にても名主五人組の印にて借りたる計りを公義の捌きにすへし、武家にては一組の肝煎の印にて借りたるはかりを捌くへし、其の外は相對なるへし、然る上は急度譯の立ちたる借金ならてはならす、其上分に過たる借金貸借の法に背きたる借金は吟味してさせましきなり、偖て貸借の法と云ふは何程の利と云ふことを極め、利息のたまり何程にならは申し出つへしと極め、法に違ひたる高利は罪たるへし、利足の溜り御定めの限りを過きたるは取りあけあるまし、利息を順路に出したるも一本一利の法にして利息の惣高本金の高と同しさとになりたらは其上は利足を出さす濟崩しなるへし、斯の如く法を立ては以來の捌き滯りなしになることなり、買かゝりは固より相對なるべし、
新字:偖貸借の法と云ふは異朝には契劵の法と云ふこと有りて、手形紙を役人より出させて其の価を取りて右の紙の入り目とし、此の紙を用ゆるにあらされは貸借の公事は相対にして捌かす、此の紙を用ひたる手形ばかりを捌くことにして、偖貸借の法を立つることある也、されとも此の方にては徳少なく医多にて不便利なるへし、紙には構はす町にても田舎にても名主五人組の印にて借りたる計りを公義の捌きにすへし、武家にては一組の肝煎の印にて借りたるはかりを捌くへし、其の外は相対なるへし、然る上は急度訳の立ちたる借金ならてはならす、其上分に過たる借金貸借の法に背きたる借金は吟味してさせましきなり、偖て貸借の法と云ふは何程の利と云ふことを極め、利息のたまり何程にならは申し出つへしと極め、法に違ひたる高利は罪たるへし、利足の溜り御定めの限りを過きたるは取りあけあるまし、利息を順路に出したるも一本一利の法にして利息の惣高本金の高と同しさとになりたらは其上は利足を出さす済崩しなるへし、斯の如く法を立ては以来の捌き滞りなしになることなり、買かゝりは固より相対なるべし、
書き下し
偖貸借の法と云ふは異朝には契劵の法と云ふこと有りて、手形紙を役人より出させて其の価を取りて右の紙の入り目とし、此の紙を用ゆるにあらされは貸借の公事は相対にして捌かす、此の紙を用ひたる手形ばかりを捌くことにして、偖貸借の法を立つることある也、されとも此の方にては徳少なく医多にて不便利なるへし、紙には構はす町にても田舎にても名主五人組の印にて借りたる計りを公義の捌きにすへし、武家にては一組の肝煎の印にて借りたるはかりを捌くへし、其の外は相対なるへし、然る上は急度訳の立ちたる借金ならてはならす、其上分に過たる借金貸借の法に背きたる借金は吟味してさせましきなり、偖て貸借の法と云ふは何程の利と云ふことを極め、利息のたまり何程にならは申し出つへしと極め、法に違ひたる高利は罪たるへし、利足の溜り御定めの限りを過きたるは取りあけあるまし、利息を順路に出したるも一本一利の法にして利息の惣高本金の高と同しさとになりたらは其上は利足を出さす済崩しなるへし、斯の如く法を立ては以来の捌き滞りなしになることなり、買かゝりは固より相対なるべし、
現代語訳
さて貸借の法というのは、異国(中国)には契券の法ということがあって、手形用紙を役所から出させてその代金を取り、その紙の費用に充て、この紙を用いたのでなければ貸借の訴訟は相対として裁かず、この紙を用いた手形だけを裁くことにして、そうして貸借の法を立てることがある。けれどもこちら(日本)では、益が少なく弊害が多くて不便であろう。紙には構わず、町でも田舎でも、名主と五人組の印で借りたものだけを公儀の裁きの対象にすべきである。武家では一組の肝煎の印で借りたものだけを裁くべきである。そのほかは相対とすべきである。そうなれば、きちんと訳の立った借金でなければできなくなる。そのうえ身分に過ぎた借金や貸借の法に背いた借金は吟味して、させないようにするのである。さて貸借の法というのは、利息をいくらと決め、利息の溜まりがいくらになったら申し出よと決め、法に違った高利は罪とし、利息の溜まりが定めの限度を過ぎたものは取り上げない。利息を順当に払ったものも一本一利の法として、利息の総額が元金の額と同じになったら、それ以上は利息を出さず、元金を返済していくのである。このように法を立てれば、今後の裁きは滞りがなくなる。掛け買いはもとより相対とすべきである。
解説
この章句が説くこと
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呂氏春秋・處方⑤今、人此に有り、擅に行いを矯めば則ち國家を免れしめ、輕重を利すれば則ち衡石の如く、方圜を為せば則ち規矩の若くす。此れ則ち工なり巧なり。而れども法るに足らず。法なる者は、衆の同じくする所なり。賢不肖の其の力を以うる所なり。謀の用う可からざるに出で、事同じくす可からざるに出づるは、此れ先王の舍つる所なり。
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『春秋左氏伝』昭公二十五年 仲幾、宋の法を守る壬申、尹文公鞏に涉り、東訾を焚く。克たず。十一月、宋の元公將に公の故の為に晉に如かんとす。夢に大子欒、廟に位に即き、己(おのれ)と平公と、服して之を相(たす)く。旦に六卿を召す。公曰く、「寡人不佞にして、父兄に事ふる能はず、以って二三子の憂ひと為す、寡人の罪なり。若し群子の靈を以って、首領を保ちて以って歿するを獲ば、唯だ是の楄柎(へんぷ)の幹を藉く所以の者は、請ふ先君に及ぶ無からんことを」と。仲幾對へて曰く、「君若し社稷の故を以って、私かに昵宴を降さば、群臣敢へて知らず。若し夫れ宋國の法、死生の度は、先君命有り。群臣死を以って之を守り、敢へて失墜せず。臣の職を失ふは、常刑赦さず。臣其の死を忍びず。君命は祗(ただ)辱むるのみ」と。宋公遂に行く。己亥、曲棘に卒す。十二月、庚辰、齊侯鄆を圍む。
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『韓非子』亡徵第十五好んで智を以て法を矯め、時に行ひを以て公に雑へ、法禁変易し、号令数々下る者は、亡ぶべきなり。
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