政談 / 貸借の道の事
捌きの仕苦きと云ふは立派に捌くときは、武家の大身小身も皆身上ひしと潰るゝことになる故なり、年數を經たる上には大借の嵩まり有りて手の着けられぬこと故、捌く時皆潰るゝことになる、此捌きは古より更始と云ふことありあらためはじむと讀みて、古きを棄にして今日を始とし、是より以後を正して捌くことなり、日本に世俗の德政と申しならはすは是なり、久しく疊まりたる事の埒の明け苦きは是にあらされはすへきやうなし、其上大借の年久く疊まりたるは德政にあらされは大方は皆貸したる人の損になることなり、且又十年以前の古貸は御捌きなきなとゝて德政に似たることあれとも屹と德政と云ふことなく、又德政を入れても以來の貸借の法立たさるときは、復た十年二十年の內德政入るへきかと下の心に上を疑ひけすむ心已まさるゆゑ金銀の通用益々滯ふるへし、是に依りて貸借の公事近年相對になるによりて、貸借難義になるゆゑ、向後貸借の公事急度捌くへき爲めに以前の貸借は此度德政に仰付らるゝと有りたきことなり、
新字:捌きの仕苦きと云ふは立派に捌くときは、武家の大身小身も皆身上ひしと潰るゝことになる故なり、年数を経たる上には大借の嵩まり有りて手の着けられぬこと故、捌く時皆潰るゝことになる、此捌きは古より更始と云ふことありあらためはじむと読みて、古きを棄にして今日を始とし、是より以後を正して捌くことなり、日本に世俗の徳政と申しならはすは是なり、久しく畳まりたる事の埒の明け苦きは是にあらされはすへきやうなし、其上大借の年久く畳まりたるは徳政にあらされは大方は皆貸したる人の損になることなり、且又十年以前の古貸は御捌きなきなとゝて徳政に似たることあれとも屹と徳政と云ふことなく、又徳政を入れても以来の貸借の法立たさるときは、復た十年二十年の内徳政入るへきかと下の心に上を疑ひけすむ心已まさるゆゑ金銀の通用益々滞ふるへし、是に依りて貸借の公事近年相対になるによりて、貸借難義になるゆゑ、向後貸借の公事急度捌くへき為めに以前の貸借は此度徳政に仰付らるゝと有りたきことなり、
書き下し
捌きの仕苦きと云ふは立派に捌くときは、武家の大身小身も皆身上ひしと潰るゝことになる故なり、年数を経たる上には大借の嵩まり有りて手の着けられぬこと故、捌く時皆潰るゝことになる、此捌きは古より更始と云ふことありあらためはじむと読みて、古きを棄にして今日を始とし、是より以後を正して捌くことなり、日本に世俗の徳政と申しならはすは是なり、久しく畳まりたる事の埒の明け苦きは是にあらされはすへきやうなし、其上大借の年久く畳まりたるは徳政にあらされは大方は皆貸したる人の損になることなり、且又十年以前の古貸は御捌きなきなとゝて徳政に似たることあれとも屹と徳政と云ふことなく、又徳政を入れても以来の貸借の法立たさるときは、復た十年二十年の内徳政入るへきかと下の心に上を疑ひけすむ心已まさるゆゑ金銀の通用益々滞ふるへし、是に依りて貸借の公事近年相対になるによりて、貸借難義になるゆゑ、向後貸借の公事急度捌くへき為めに以前の貸借は此度徳政に仰付らるゝと有りたきことなり、
現代語訳
裁きがしにくいというのは、厳正に裁くときは、武家の大身も小身も皆、暮らし向きがひしと潰れることになるからである。年数を経たうえは大きな借金が積み重なっていて手の着けようがないので、裁けば皆潰れることになる。この裁きには、古から「更始」ということがあり、「あらためはじむ」と読んで、古いものを棄てて今日を始めとし、これから以後を正して裁くことである。日本で世俗に徳政と言い習わしているのがこれである。長く積み重なった事でけりがつけにくいのは、これでなければしようがない。そのうえ大きな借金が年久しく積み重なったものは、徳政でなくてもたいていは皆貸した人の損になることである。また、十年以前の古い貸しはお裁きがないなどといって徳政に似たことはあるが、はっきりと徳政ということはなく、また徳政を入れても、以後の貸借の法が立たないときは、また十年二十年のうちに徳政が入るのではないかと下々が上を疑い、気後れする心がやまないので、金銀の通用はますます滞るであろう。これによって、貸借の訴訟が近年相対になったために貸し借りが難儀になったのだから、今後は貸借の訴訟をきっと裁くために、以前の貸借は今度徳政を仰せ付けられる、とあってほしいことである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『墨子』尚賢下若の國の士に問う、孰か喜び孰か懼れんと。我れ以て必ず忠信の士は喜び、忠ならず信ならざる士は懼れんと為す。今、唯だ尚賢を以て其の國家百姓に政を為す毋くんば、國の善を為す者をして勸ましめ、暴を為す者をして沮ましむ。夫れ以て天下に政を為さば、天下の善を為す者をして勸ましめ、暴を為す者をして沮ましむ。然らば昔、吾が堯舜禹湯文武の道を貴ぶ所以の者は、何の故を以てなるか。其の唯だ衆に臨み政を發して民を治むるに毋くんば、天下の善を為す者をして得て勸む可からしめ、暴を為す者をして得て沮む可からしむるを以てなり。然らば則ち此の尚賢なる者は、堯舜禹湯文武の道と同じきなり。
-
『墨子』尚同中子墨子曰く、方今の時の正長は、則ち本より古者と異なれり。之を譬うるに量るに五刑を以てするが若く然り。昔者、聖王は制して五刑を為り、以て天下を治む。有苗の五刑を制するに逮び至りては、以て天下を亂る。則ち此れ豈に刑の不善ならんや。刑を用うること則ち不善なるなり。是を以て先王の書、呂刑の道いて曰く、「苗民、練を用いず、折くに則ち刑し、唯だ五殺の刑を作り、法と曰う」と。則ち此れ善く刑を用うる者は以て民を治め、善く刑を用いざる者は以て五殺と為すを言う。則ち此れ豈に刑の不善ならんや。刑を用うること則ち不善なり、故に遂に以て五殺と為す。是を以て先王の書、術令の道いて曰く、「惟れ口は好を出だし戎を興す」と。則ち此れ善く口を用うる者は好を出だし、善く口を用いざる者は以て讒賊冦戎と為すを言う。則ち此れ豈に口の不善ならんや。口を用うること則ち不善なり、故に遂に以て䜛賊冦戎と為す。
-
老子 第18章大道廃れて、仁義有り。智慧出でて、大偽有り。六親和せずして、孝慈有り。国家昏乱して、忠臣有り。
-
孫子・形篇善く兵を用うる者は、道を修めて法を保つ。故に能く勝敗の政を為す。
-
孫子・始計篇法とは、曲制・官道・主用なり。
-
『墨子』公孟公孟子、子墨子に謂いて曰く、「知に人より賢れる有らば、則ち知と謂う可きか」と。子墨子曰く、「愚の知に以て人より賢れる有るも、愚、豈に知と謂う可けんや」と。公孟子曰く、「三年の喪は、吾が父母を慕うを學ぶなり」と。子墨子曰く、「夫れ嬰兒子の知は、獨り父母を慕うのみ。父母、得可からざれば、然れども號びて止まず。此れ其の故は何ぞや。即ち愚の至りなり。然らば則ち儒者の知、豈に以て嬰兒子より賢れること有らんや」と。子墨子曰く、「儒者に問う、『何の故に樂を為すや』と」。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る