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春秋左氏伝 / 昭公二十五年 仲幾、宋の法を守る

壬申。尹文公涉于鞏。焚東訾。弗克。十一月。宋元公將為公故如晉。夢大子欒即位於廟。己與平公。服而相之。旦召六卿。公曰。寡人不佞。不能事父兄。以為二三子憂。寡人之罪也。若以群子之靈。獲保首領以歿。唯是楄柎所以藉幹者。請無及先君。仲幾對曰。君若以社稷之故。私降昵宴。群臣弗敢知。若夫宋國之法。死生之度。先君有命矣。群臣以死守之。弗敢失隊。臣之失職。常刑不赦。臣不忍其死。君命祗辱。宋公遂行。己亥。卒于曲棘。十二月。庚辰。齊侯圍鄆。

新字:壬申。尹文公渉于鞏。焚東訾。弗克。十一月。宋元公将為公故如晋。夢大子欒即位於廟。己与平公。服而相之。旦召六卿。公曰。寡人不佞。不能事父兄。以為二三子憂。寡人之罪也。若以群子之霊。獲保首領以歿。唯是楄柎所以藉幹者。請無及先君。仲幾対曰。君若以社稷之故。私降昵宴。群臣弗敢知。若夫宋国之法。死生之度。先君有命矣。群臣以死守之。弗敢失隊。臣之失職。常刑不赦。臣不忍其死。君命祗辱。宋公遂行。己亥。卒于曲棘。十二月。庚辰。斉侯囲鄆。

書き下し

壬申、尹文公鞏に涉り、東訾を焚く。克たず。十一月、宋の元公將に公の故の為に晉に如かんとす。夢に大子欒、廟に位に即き、己(おのれ)と平公と、服して之を相(たす)く。旦に六卿を召す。公曰く、「寡人不佞にして、父兄に事ふる能はず、以って二三子の憂ひと為す、寡人の罪なり。若し群子の靈を以って、首領を保ちて以って歿するを獲ば、唯だ是の楄柎(へんぷ)の幹を藉く所以の者は、請ふ先君に及ぶ無からんことを」と。仲幾對へて曰く、「君若し社稷の故を以って、私かに昵宴を降さば、群臣敢へて知らず。若し夫れ宋國の法、死生の度は、先君命有り。群臣死を以って之を守り、敢へて失墜せず。臣の職を失ふは、常刑赦さず。臣其の死を忍びず。君命は祗(ただ)辱むるのみ」と。宋公遂に行く。己亥、曲棘に卒す。十二月、庚辰、齊侯鄆を圍む。

現代語訳

壬申の日、尹文公(周の卿、王子朝派)は鞏に渡り、東訾を焼いたが、攻め落とせなかった。十一月、宋の元公は昭公のために晋へ行こうとした。その前に夢を見た。太子の欒(のちの景公)が宗廟で即位し、自分と父の平公とが礼服を着てこれを補佐している夢であった。朝になると元公は六卿を呼んで言った。「私は不才で、父兄の一族にうまく仕えることができず、あなたがたに心配をかけてきた。それは私の罪である。もしあなたがたのおかげで首と体がつながったまま天寿を全うできたなら、遺体を載せる棺の敷板などは、先君の格式に及ばないものにしていただきたい」。仲幾(宋の大夫)は答えた。「君がもし国家のために、ご自身の身の回りの楽しみを減らされるというのなら、それは臣下のあずかり知るところではありません。しかし宋国の法、生と死にかかわる制度は、先君が定められたものです。臣下は死んでもこれを守り、失うことはいたしません。臣下が職分を失えば、定められた刑罰は許しません。私は自分がそのために死ぬことに忍びません。君のご命令は、ただ私どもを辱めるばかりです」。宋公はそのまま出発し、己亥の日、曲棘で亡くなった。十二月庚辰の日、斉侯(景公)は鄆を包囲した。

解説

周では王子朝の乱が続き、宋の元公は亡命した魯の昭公のために晋へ働きかけに出る。出発前、元公は太子が即位する夢を見て死を予感し、自分の葬礼を先君より簡素にせよと遺言めいた命を下した。謙遜の意図であろうが、仲幾はこれをはっきり断る。君が身の回りの楽しみを減らすのは自由だが、葬礼の格式は「宋國の法、死生の度」であり、臣下が守るべき制度だという。君主個人の意向と、君主の地位に付随する制度とを分けて考える論理である。君の謙遜に従えば、臣は制度を破った罪を負うことになる。そして元公は本当に旅の途中の曲棘で世を去った。夢の予兆が当たるのは左伝によくある筋立てだが、読みどころは仲幾の線引きにある。トップの好意による指示でも、組織の決まりを曲げるものなら従えないことがある。個人と役職を区別する考え方が、ここに端的に表れている。

この章句が説くこと

制度職分謙遜葬礼法予兆

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