政談 / 金銀錢員數減少する仔細の事
然るを今金銀半分の內に減り、慶長の昔に歸れとも、世界の奢り風俗の常となりたる所は慶長の頃と遙かに異なり、殖たる竈も昔に歸らされは、人々半身代になりて世界困窮なる筈のことなるを、世界は善くなる筈のことと云ふは世界の全躰の姿を知らぬ愚眼とも云へし、諸色の高直に成りたるは全く元祿の時金銀に步を入れて金銀の位惡くなる故に高直になりたるにもあらす、又た金銀の員數殖えたる故に高直に成りたるにもあらす、元來旅宿の境界に制度なき故世界の商人盛に成るより事奢りて樣々のことを取交せて次第〳〵に物の直段高くなりたる上に、元祿に金銀殖えたるより人々奢り益々盛になり、田舍まても商人行き亘り諸色を用ゆる人益々多くなる故、益々高直に成りたるなり、左樣に成りたる世の有樣をは其儘に仕置きて當時金銀ばかりを半減になしたる故、世界半身代に成と金銀引張り足らす、之によりて世界困窮したること明かなり、
新字:然るを今金銀半分の内に減り、慶長の昔に帰れとも、世界の奢り風俗の常となりたる所は慶長の頃と遥かに異なり、殖たる竈も昔に帰らされは、人々半身代になりて世界困窮なる筈のことなるを、世界は善くなる筈のことと云ふは世界の全体の姿を知らぬ愚眼とも云へし、諸色の高直に成りたるは全く元禄の時金銀に歩を入れて金銀の位悪くなる故に高直になりたるにもあらす、又た金銀の員数殖えたる故に高直に成りたるにもあらす、元来旅宿の境界に制度なき故世界の商人盛に成るより事奢りて様々のことを取交せて次第〳〵に物の直段高くなりたる上に、元禄に金銀殖えたるより人々奢り益々盛になり、田舎まても商人行き亘り諸色を用ゆる人益々多くなる故、益々高直に成りたるなり、左様に成りたる世の有様をは其儘に仕置きて当時金銀ばかりを半減になしたる故、世界半身代に成と金銀引張り足らす、之によりて世界困窮したること明かなり、
書き下し
然るを今金銀半分の内に減り、慶長の昔に帰れとも、世界の奢り風俗の常となりたる所は慶長の頃と遥かに異なり、殖たる竈も昔に帰らされは、人々半身代になりて世界困窮なる筈のことなるを、世界は善くなる筈のことと云ふは世界の全体の姿を知らぬ愚眼とも云へし、諸色の高直に成りたるは全く元禄の時金銀に歩を入れて金銀の位悪くなる故に高直になりたるにもあらす、又た金銀の員数殖えたる故に高直に成りたるにもあらす、元来旅宿の境界に制度なき故世界の商人盛に成るより事奢りて様々のことを取交せて次第〳〵に物の直段高くなりたる上に、元禄に金銀殖えたるより人々奢り益々盛になり、田舎まても商人行き亘り諸色を用ゆる人益々多くなる故、益々高直に成りたるなり、左様に成りたる世の有様をは其儘に仕置きて当時金銀ばかりを半減になしたる故、世界半身代に成と金銀引張り足らす、之によりて世界困窮したること明かなり、
現代語訳
それなのに今、金銀が半分以下に減って慶長の昔に帰ったけれども、世の中の奢りが風俗の常となったところは慶長の頃とはるかに異なり、増えた竈も昔に戻らないので、人々は身代が半分になって世の中が困窮するはずのことなのに、世の中は良くなるはずだと言うのは、世の中の全体の姿を知らない愚かな目とも言うべきである。諸物の値段が高くなったのは、まったく元禄のとき金銀に混ぜ物を入れて金銀の質が悪くなったために高くなったのでもなく、また金銀の数が増えたために高くなったのでもない。もともと旅宿の境遇で制度がないので、世の商人が盛んになり、事が奢って様々なことを取り混ぜて次第次第に物の値段が高くなったうえに、元禄に金銀が増えたことから人々の奢りがますます盛んになり、田舎まで商人が行き渡って諸物を用いる人がますます多くなったので、ますます高くなったのである。そのようになった世の有様はそのままにしておいて、当節、金銀ばかりを半減にしたので、世の中は身代が半分になって金銀が行き渡らず、これによって世の中が困窮したことは明らかである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『政談』諸色直段の事偖又用ゆるもの多き故に高直になる、此用ゆる者多きは制度なきより起れり、元来貴き人は善きものを用ひ、賤きものは悪きものを用ゆるときは、物各々其宜きを得るゆゑ諸色高直にはならぬを、今は賤き者まても善きものを用ゆると云は如何やうの事なれは、御城下に来集る民は素は田舎のものにて、麦粟種等の雑穀を食し、濁酒を飲み、味噌をも食せす、すくも火を焼き、麻木綿を織て着し、席薦の上に寝臥をしたるものか、心儘に御城下に来住する故、米味噌を食し、薪を焼き、炭の火にあたり、衣服も買整へて着し、善酒を飲み、田舎に之なき障子を立て、天井を張り、唐紙を張り、畳を敷き、蚊屋を釣るなとすることは、ぼていふりも皆斯の如し、少しも善き町人は衣服食事家居器物まても金さへあれは大名と同しことにて誰れ制する者なし、是諸物の用ゆる人多き故諸色の高直なること尤なり、
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『政談』諸色直段の事之のみにあらす、田舎のものも江戸の御城下を見習ひて、是亦金次第に何ことも江戸の町人に負けし劣らしと奢りをすることに今は成りたり、武家の数と町人百姓の数とを比量して見しに、町人百姓の人数は武家の百惣倍成るへし、其人ともに制度なき故何れも金次第に善きものを用ゆることに成ては、物の直段は未た左まては上らぬようなり、是亦た諸色を造り出たす人も代と連れて多くなりたる故に、右の人積り程は上からねとも、天地より生するものには限り有る故用ゆる人多きによりて斯の如く上りたるなり、斯の如く田舎へ擴かること一旦のことにあらす、年々を積りて段々擴かり行ことなる故、四五十年以前と只今と諸色の直段十惣倍の上に成りたるなり、平人は偖措き乞食の輩も江戸も田舎も今は平人と変りなきは奇怪のことならすや、此用ゆる人多き故物の直段高直に成りたる筋は、制度を立てゝ町人百姓を厳しく制度せは諸色過半下直になるへし、
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『政談』制度の事是れ町人百姓憎むにあらす、頭か身上右の如くの奢りによりて物入り多く、暮しに物入ること今は常に成りたれは、此の制法出しぬること頭か為めにもよき事なり、第一右の諸物を町人百姓心の儘に用ゆる故、諸色の直段日を逐ふて高直なり、然れとも此の吟味竿の先きに鈴を付けたるやうなることにては仲々参り届くましきなり、当時吉利支丹の如く厳密にさかすへきことなり、されとも畢竟武家を知行所に置くにあらされは此の法田舎迄行渡りかたかるへし、先つ武家には制度を立てす、唯々斯の如く百姓町人に計り制度を立つるときは、諸色特の外に下直になるへし、左様に四五年もして武家に息をつかせ、其の上にて武家にも制度を委細に立ては御政道滞ほりなく行きわたるへし、是れ緩急先後の仕掛なり、
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『政談』當時制度之なき事偖上下の分別を立つることは上たる人の身をたかぶりて下を賤しむる心より制度を立つるにはあらす、惣して天地の間に万物を生すること各其限りあり、日本国中に米如何程生する、雑穀如何ほと生する、材木如何程生して何ケ年を経て是程の材木になると云ふより、一切の物皆な各々其限りあることなり、其内に善きものは少なく悪しきものは多し、これによりて衣服食物家居に至る迄貴き人には善きものを用ひさせ、賤き人には悪しきものを用ひさするやうに制度を立る時は、元来貴き人は少なく、賤き人は多き故、少なきものを人少なく用ひ、多き物を多き人か用ひて道理相応し、行支なく日本国中に生するものを日本国中の人か用ひて事足ることなり、此制度立さるときは其数夥しき賤き人か数少なき善きものを用ゆる故事足らす物の価高直になる、又其数多き賤き人にも善きものを望みに叶ひ用ひさせんとする故其善きものも次第に粗相に成て行く、又上下混乱する故騒動と成りて、諸の悪事これより生するなり、
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『政談』諸色直段の事されとも是等は末のことなり、末に取つきては仲々商人の智恵には及ひかたし、畢竟する所皆武家旅宿の境界より出たる悪弊なる故、其本に返りて武家の皆々土に有り付置て、初巻に記したる米をしむる一術を用ひは、商人の勢ひ忽に哀て物の直段は心の儘に成へし、然れは畢竟物の直段高きも旅宿と制度なきとの二つに帰することなり、
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『政談』御旗本諸士の困窮を救ふ事右に段々記したる通り制度を立つると旅宿の境界を巳むると、此二つ困窮を巳むる根本也、世話しなき風俗の事は上の思召老中の心得にあることなれは今更之を已むる仕方とて別にはなし、大抵此通りなれとも困窮の上にも近年困窮甚しくなりたる仔細三色あり、一つには諸色の直段高直に成たること、二つには金銀の数減少したること、三つには貸借の道塞かりて少なき金銀流通せさること是なり、是に由りて此三色の手当なきときは行き支へ有るべきなり、其手当左に記す、
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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