政談 / 當時制度之なき事
偖上下の分別を立つることは上たる人の身をたかぶりて下を賤しむる心より制度を立つるにはあらす、惣して天地の間に萬物を生すること各其限りあり、日本國中に米如何程生する、雜穀如何ほと生する、材木如何程生して何ケ年を經て是程の材木になると云ふより、一切の物皆な各々其限りあることなり、其內に善きものは少なく惡しきものは多し、これによりて衣服食物家居に至る迄貴き人には善きものを用ひさせ、賤き人には惡しきものを用ひさするやうに制度を立る時は、元來貴き人は少なく、賤き人は多き故、少なきものを人少なく用ひ、多き物を多き人か用ひて道理相應し、行支なく日本國中に生するものを日本國中の人か用ひて事足ることなり、此制度立さるときは其數夥しき賤き人か數少なき善きものを用ゆる故事足らす物の價高直になる、又其數多き賤き人にも善きものを望みに叶ひ用ひさせんとする故其善きものも次第に粗相に成て行く、又上下混亂する故騒動と成りて、諸の惡事これより生するなり、
新字:偖上下の分別を立つることは上たる人の身をたかぶりて下を賤しむる心より制度を立つるにはあらす、惣して天地の間に万物を生すること各其限りあり、日本国中に米如何程生する、雑穀如何ほと生する、材木如何程生して何ケ年を経て是程の材木になると云ふより、一切の物皆な各々其限りあることなり、其内に善きものは少なく悪しきものは多し、これによりて衣服食物家居に至る迄貴き人には善きものを用ひさせ、賤き人には悪しきものを用ひさするやうに制度を立る時は、元来貴き人は少なく、賤き人は多き故、少なきものを人少なく用ひ、多き物を多き人か用ひて道理相応し、行支なく日本国中に生するものを日本国中の人か用ひて事足ることなり、此制度立さるときは其数夥しき賤き人か数少なき善きものを用ゆる故事足らす物の価高直になる、又其数多き賤き人にも善きものを望みに叶ひ用ひさせんとする故其善きものも次第に粗相に成て行く、又上下混乱する故騒動と成りて、諸の悪事これより生するなり、
書き下し
偖上下の分別を立つることは上たる人の身をたかぶりて下を賤しむる心より制度を立つるにはあらす、惣して天地の間に万物を生すること各其限りあり、日本国中に米如何程生する、雑穀如何ほと生する、材木如何程生して何ケ年を経て是程の材木になると云ふより、一切の物皆な各々其限りあることなり、其内に善きものは少なく悪しきものは多し、これによりて衣服食物家居に至る迄貴き人には善きものを用ひさせ、賤き人には悪しきものを用ひさするやうに制度を立る時は、元来貴き人は少なく、賤き人は多き故、少なきものを人少なく用ひ、多き物を多き人か用ひて道理相応し、行支なく日本国中に生するものを日本国中の人か用ひて事足ることなり、此制度立さるときは其数夥しき賤き人か数少なき善きものを用ゆる故事足らす物の価高直になる、又其数多き賤き人にも善きものを望みに叶ひ用ひさせんとする故其善きものも次第に粗相に成て行く、又上下混乱する故騒動と成りて、諸の悪事これより生するなり、
現代語訳
さて、上下の区別を立てるのは、上に立つ人が身を高ぶらせて下を卑しむ心から制度を立てるのではない。総じて天地の間に万物を生じることには、それぞれ限りがある。日本国中に米がどれほど生じるか、雑穀がどれほど生じるか、材木がどれほど生じて何年経てこれほどの材木になるかということから、一切の物はみなそれぞれ限りがあるのである。その中で良いものは少なく、悪いものは多い。そこで衣服・食物・家屋に至るまで、貴い人には良いものを用いさせ、賤しい人には悪いものを用いさせるように制度を立てれば、もともと貴い人は少なく賤しい人は多いので、少ないものを少ない人が用い、多いものを多い人が用いて道理に相応し、差し支えなく、日本国中に生じるものを日本国中の人が用いて事足りるのである。この制度が立たないときは、その数のおびただしい賤しい人が数少ない良いものを用いるので、事足りずに物の値段が高くなる。また、その数の多い賤しい人にも良いものを望みどおりに用いさせようとするので、その良いものもしだいに粗悪になっていく。また上下が混乱するので騒動となり、もろもろの悪事がここから生じるのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『政談』諸色直段の事之のみにあらす、田舎のものも江戸の御城下を見習ひて、是亦金次第に何ことも江戸の町人に負けし劣らしと奢りをすることに今は成りたり、武家の数と町人百姓の数とを比量して見しに、町人百姓の人数は武家の百惣倍成るへし、其人ともに制度なき故何れも金次第に善きものを用ゆることに成ては、物の直段は未た左まては上らぬようなり、是亦た諸色を造り出たす人も代と連れて多くなりたる故に、右の人積り程は上からねとも、天地より生するものには限り有る故用ゆる人多きによりて斯の如く上りたるなり、斯の如く田舎へ擴かること一旦のことにあらす、年々を積りて段々擴かり行ことなる故、四五十年以前と只今と諸色の直段十惣倍の上に成りたるなり、平人は偖措き乞食の輩も江戸も田舎も今は平人と変りなきは奇怪のことならすや、此用ゆる人多き故物の直段高直に成りたる筋は、制度を立てゝ町人百姓を厳しく制度せは諸色過半下直になるへし、
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『政談』諸色直段の事偖又用ゆるもの多き故に高直になる、此用ゆる者多きは制度なきより起れり、元来貴き人は善きものを用ひ、賤きものは悪きものを用ゆるときは、物各々其宜きを得るゆゑ諸色高直にはならぬを、今は賤き者まても善きものを用ゆると云は如何やうの事なれは、御城下に来集る民は素は田舎のものにて、麦粟種等の雑穀を食し、濁酒を飲み、味噌をも食せす、すくも火を焼き、麻木綿を織て着し、席薦の上に寝臥をしたるものか、心儘に御城下に来住する故、米味噌を食し、薪を焼き、炭の火にあたり、衣服も買整へて着し、善酒を飲み、田舎に之なき障子を立て、天井を張り、唐紙を張り、畳を敷き、蚊屋を釣るなとすることは、ぼていふりも皆斯の如し、少しも善き町人は衣服食事家居器物まても金さへあれは大名と同しことにて誰れ制する者なし、是諸物の用ゆる人多き故諸色の高直なること尤なり、
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『政談』公儀御身上の制度の事其仕方公儀にて御入用のほとを積りて其大名の身上〳〵に応し出さしむべきなり、譬へは越前よりは奉書つめ、会津よりは蝋うるし、南部相馬よりは馬、上州加賀よりは絹、仙台長門よりは紙のたぐひなり、身上の高よりは出もの多形なとは外より出るものを下さるゝこともあるへし、御城下に御蔵を所々に立て置きて馬にて付込すへし、当時献上物なとのやうに仰山にすることにては諸大名無用の痛みと成るへし、唯当時御買上けになるを御買上げにせすして諸大名に出さするまてのことにすへし、歴代の先例皆斯の如し、偖又古は名山大川は封せずと云ふことあり、左様の所をは大名には下さらぬことなり、材木の出つる山金銀銅鉄鉛等の出つる山、名塩の出つる地は下されましき所なり、当時尾州へ木曽を進せられ、紀州へは熊野を進せられたること古法になきことなり、下されましき山を下し置れて上の御用には材木を御買上けにすること如何なる無調法なる仕方なるろや、特に東山東海の二道を尾州の御領にて塞くこと是れ亦あるましきことの第一なり、
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『政談』制度の事是れ町人百姓憎むにあらす、頭か身上右の如くの奢りによりて物入り多く、暮しに物入ること今は常に成りたれは、此の制法出しぬること頭か為めにもよき事なり、第一右の諸物を町人百姓心の儘に用ゆる故、諸色の直段日を逐ふて高直なり、然れとも此の吟味竿の先きに鈴を付けたるやうなることにては仲々参り届くましきなり、当時吉利支丹の如く厳密にさかすへきことなり、されとも畢竟武家を知行所に置くにあらされは此の法田舎迄行渡りかたかるへし、先つ武家には制度を立てす、唯々斯の如く百姓町人に計り制度を立つるときは、諸色特の外に下直になるへし、左様に四五年もして武家に息をつかせ、其の上にて武家にも制度を委細に立ては御政道滞ほりなく行きわたるへし、是れ緩急先後の仕掛なり、
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『政談』諸色直段の事されとも是等は末のことなり、末に取つきては仲々商人の智恵には及ひかたし、畢竟する所皆武家旅宿の境界より出たる悪弊なる故、其本に返りて武家の皆々土に有り付置て、初巻に記したる米をしむる一術を用ひは、商人の勢ひ忽に哀て物の直段は心の儘に成へし、然れは畢竟物の直段高きも旅宿と制度なきとの二つに帰することなり、
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『政談』御旗本諸士の困窮を救ふ事右に段々記したる通り制度を立つると旅宿の境界を巳むると、此二つ困窮を巳むる根本也、世話しなき風俗の事は上の思召老中の心得にあることなれは今更之を已むる仕方とて別にはなし、大抵此通りなれとも困窮の上にも近年困窮甚しくなりたる仔細三色あり、一つには諸色の直段高直に成たること、二つには金銀の数減少したること、三つには貸借の道塞かりて少なき金銀流通せさること是なり、是に由りて此三色の手当なきときは行き支へ有るべきなり、其手当左に記す、
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