政談 / 公儀御身上の制度の事
其仕方公儀にて御入用のほとを積りて其大名の身上〳〵に應し出さしむべきなり、譬へは越前よりは奉書つめ、會津よりは蠟うるし、南部相馬よりは馬、上州加賀よりは絹、仙臺長門よりは紙のたぐひなり、身上の高よりは出もの多形なとは外より出るものを下さるゝこともあるへし、御城下に御藏を所々に立て置きて馬にて付込すへし、當時獻上物なとのやうに仰山にすることにては諸大名無用の痛みと成るへし、唯當時御買上けになるを御買上げにせすして諸大名に出さするまてのことにすへし、歷代の先例皆斯の如し、偖又古は名山大川は封せずと云ふことあり、左樣の所をは大名には下さらぬことなり、材木の出つる山金銀銅鐵鉛等の出つる山、名塩の出つる地は下されましき所なり、當時尾州へ木曾を進せられ、紀州へは熊野を進せられたること古法になきことなり、下されましき山を下し置れて上の御用には材木を御買上けにすること如何なる無調法なる仕方なるろや、特に東山東海の二道を尾州の御領にて塞くこと是れ亦あるましきことの第一なり、
新字:其仕方公儀にて御入用のほとを積りて其大名の身上〳〵に応し出さしむべきなり、譬へは越前よりは奉書つめ、会津よりは蝋うるし、南部相馬よりは馬、上州加賀よりは絹、仙台長門よりは紙のたぐひなり、身上の高よりは出もの多形なとは外より出るものを下さるゝこともあるへし、御城下に御蔵を所々に立て置きて馬にて付込すへし、当時献上物なとのやうに仰山にすることにては諸大名無用の痛みと成るへし、唯当時御買上けになるを御買上げにせすして諸大名に出さするまてのことにすへし、歴代の先例皆斯の如し、偖又古は名山大川は封せずと云ふことあり、左様の所をは大名には下さらぬことなり、材木の出つる山金銀銅鉄鉛等の出つる山、名塩の出つる地は下されましき所なり、当時尾州へ木曽を進せられ、紀州へは熊野を進せられたること古法になきことなり、下されましき山を下し置れて上の御用には材木を御買上けにすること如何なる無調法なる仕方なるろや、特に東山東海の二道を尾州の御領にて塞くこと是れ亦あるましきことの第一なり、
書き下し
其仕方公儀にて御入用のほとを積りて其大名の身上〳〵に応し出さしむべきなり、譬へは越前よりは奉書つめ、会津よりは蝋うるし、南部相馬よりは馬、上州加賀よりは絹、仙台長門よりは紙のたぐひなり、身上の高よりは出もの多形なとは外より出るものを下さるゝこともあるへし、御城下に御蔵を所々に立て置きて馬にて付込すへし、当時献上物なとのやうに仰山にすることにては諸大名無用の痛みと成るへし、唯当時御買上けになるを御買上げにせすして諸大名に出さするまてのことにすへし、歴代の先例皆斯の如し、偖又古は名山大川は封せずと云ふことあり、左様の所をは大名には下さらぬことなり、材木の出つる山金銀銅鉄鉛等の出つる山、名塩の出つる地は下されましき所なり、当時尾州へ木曽を進せられ、紀州へは熊野を進せられたること古法になきことなり、下されましき山を下し置れて上の御用には材木を御買上けにすること如何なる無調法なる仕方なるろや、特に東山東海の二道を尾州の御領にて塞くこと是れ亦あるましきことの第一なり、
現代語訳
その仕方は、公儀で入り用の分を見積もって、その大名の身上(禄高)それぞれに応じて出させるべきである。たとえば越前からは奉書紙、会津からは蝋や漆、南部・相馬からは馬、上州・加賀からは絹、仙台・長門からは紙の類いである。禄高より出る物が多い所などは、ほかから出る物を下されることもあるだろう。御城下に御蔵をあちこちに立てておいて、馬で運び込ませるのがよい。今の献上物などのように大げさにするのでは、諸大名の無用の負担となるだろう。ただ今、御買い上げになっている物を御買い上げにせず、諸大名に出させるまでのことにするのがよい。歴代の先例はみなこのとおりである。さてまた、古には「名山大川は封ぜず」ということがある。そのような所は大名には下されないのである。材木の出る山、金・銀・銅・鉄・鉛などの出る山、名高い塩の出る地は下されてはならない所である。今、尾州(尾張徳川家)へ木曽を与えられ、紀州(紀伊徳川家)へは熊野を与えられたのは、古法にないことである。下されてはならない山を下し置かれて、お上の御用には材木を御買い上げにするとは、なんと不調法な仕方であろうか。特に東山道・東海道の二道を尾州の御領でふさぐのは、これもまたあってはならないことの第一である。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『政談』當時制度之なき事偖上下の分別を立つることは上たる人の身をたかぶりて下を賤しむる心より制度を立つるにはあらす、惣して天地の間に万物を生すること各其限りあり、日本国中に米如何程生する、雑穀如何ほと生する、材木如何程生して何ケ年を経て是程の材木になると云ふより、一切の物皆な各々其限りあることなり、其内に善きものは少なく悪しきものは多し、これによりて衣服食物家居に至る迄貴き人には善きものを用ひさせ、賤き人には悪しきものを用ひさするやうに制度を立る時は、元来貴き人は少なく、賤き人は多き故、少なきものを人少なく用ひ、多き物を多き人か用ひて道理相応し、行支なく日本国中に生するものを日本国中の人か用ひて事足ることなり、此制度立さるときは其数夥しき賤き人か数少なき善きものを用ゆる故事足らす物の価高直になる、又其数多き賤き人にも善きものを望みに叶ひ用ひさせんとする故其善きものも次第に粗相に成て行く、又上下混乱する故騒動と成りて、諸の悪事これより生するなり、
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『政談』諸色直段の事之のみにあらす、田舎のものも江戸の御城下を見習ひて、是亦金次第に何ことも江戸の町人に負けし劣らしと奢りをすることに今は成りたり、武家の数と町人百姓の数とを比量して見しに、町人百姓の人数は武家の百惣倍成るへし、其人ともに制度なき故何れも金次第に善きものを用ゆることに成ては、物の直段は未た左まては上らぬようなり、是亦た諸色を造り出たす人も代と連れて多くなりたる故に、右の人積り程は上からねとも、天地より生するものには限り有る故用ゆる人多きによりて斯の如く上りたるなり、斯の如く田舎へ擴かること一旦のことにあらす、年々を積りて段々擴かり行ことなる故、四五十年以前と只今と諸色の直段十惣倍の上に成りたるなり、平人は偖措き乞食の輩も江戸も田舎も今は平人と変りなきは奇怪のことならすや、此用ゆる人多き故物の直段高直に成りたる筋は、制度を立てゝ町人百姓を厳しく制度せは諸色過半下直になるへし、
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『政談』金銀錢員數減少する仔細の事偖銭を夥く鋳出たさんには、当時長崎の金高つまりて銅を異国へくたさるゝことなれは、銅払底にて差支あるへし、総体銅の払底になりたるに仔細あり、此の三四十年このかた御城下は勿論、田舎の末々まて小寺小院にも鐘を鋳さるはなし、六十余州を詮識ぜは莫大の銅なるへし、小さき仏像其の数も夥しくなりたり、仏像も余りに夥しくなれは信仰は次第に薄くなることなれは、仏法のためにも宜しからさることなり、特に鐘の功徳と云ふは人の眠りを醒し、六時勤行の時を教へ、十二時の移り行くを知らせて無常を観するたよりとし、又大叢林にては峰々谷々の衆僧を呼集むる用事の為に鐘をつることなり、然るに鐘楼もなき小寺小院のつく人さへもなきに、旦那を勧進して鐘を楼下につり置きたるは何のため成るぞや、つかぬ鐘に声なし、声なくて功徳のあるへきやうなし、真に無用のものなり、
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『新論』守禦金銀・銅鉄・鉛錫・玉石、凡そ山嶽の蔵する所は、宜しく其の用を恡みて其の糜を禁ずべし。今梵宮・装閣、及び他の玩好の諸物、以て閭閻の用器・婦女の衣帯に至るまで、金を塗り銀を抹せざる莫し。則ち銷金の禁、厳ならざるべからざるなり。(西土の史書に載する所、其の府中の黄金銀物を出して以て軍用に供する者有り、金銀薄を禁ずる者有り、織成金を禁ずる者有り。古人の金銀を用ゐる所以の者、此に在りて彼に在らざること見るべし。唐六典に十四種の金有り、曰く、銷金・拍金・鍍金・織金・砑金・披金・泥金・鏤金・撚金・戧金・圏金・貼金・嵌金・裏金と。宋の時糜金以て服器を飾るを禁じ、又金銀箔線・貼金・銷金・蹙金線にて什器・土木・玩用の物を装貼するを禁じ、命婦に非ざれば以て首飾と為すを得ず。冶宋主の用ゐる所は、悉く官に送らしむ。諸州の寺観、金箔を以て像を飾る者は、自ら金銀工価を齎し、思文院に就きて換給せしむ。又僧の金銀珠玉を求丐し錯末して泥に和し以て塔像を為るを禁ず。又内庭は中宮より以下、並びに銷金・貼金・間金・戭金・解剔金・陥金・明金・泥金・楞金・背影金・盤金・織金・金線撚糸もて衣服に装着するを得ず、並びに金を以て飾と為すを得ざらしむ。其の外庭の臣庶の家も、悉く皆断禁す。是れ他の歴代の申禁、至らざる所無し。其の天地の蔵を発くを重んずるの意も、亦見るべきなり。)
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『政談』金銀錢員數減少する仔細の事此等のたぐひ、其外世間にある無用の銅器を鋳つぶし、銭を鋳は如何程も出来し、夫にて世界の困窮を救はゝ仏の慈悲心に叶ふべし、但し俗人の取捌きにて寺々の鐘を取りあくること愚かなる人の人情にさかふへけれは、智徳ある高僧に御相談ありて、教化させて其うへにて、屹としたる寺の鐘楼もあり、鐘をもつく用事のある寺はかりを遺し置きて、其外の小寺小院の鐘を悉く銭に鋳させ、その鐘を其の寺々に之を下され寺の修理に用ひたきことなり、
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『新論』守禦虜は海外諸国を周流し、鉛錫銅鉄硝黄の属、之を諸国の産に資る。其の用固より窮まらず。而して我内に自ら守り、必ず山嶽の秘を発して以て之を用ゐれば、則ち彼此多寡の数、其の較せざるや亦審らかなり。(明人寇を防ぎ、招集屯駐す。当時汪汝淳云ふ、苦しむ所は人日に衆くして、衣甲器械継がず、火薬更に敷かずと。則ち此の火薬の生じ易き者すら、亦猶ほ敷かざるを患ふ。況んや今銅鉄鉛錫、其の生ずること限り有る者をや。)故に或いは弓弩を参用し、必ずしも専ら火器を恃まず。其の火器を用ゐる者も、亦専ら銅と鉛とを恃まず。其の銃身は或いは鉄或いは木、其の弾は或いは鉄或いは石或いは餅、或いは和するに銅鉄の滓・海上の沙鉄の類を以てして、以て餅と為す。朽縄・敗布・爛網・破罟と雖も、亦採りて以て錬造に供す。其の乏しきを補ふべからざる無し。棄物を収蔵して、以て有用を待ち、之を平素に試み、士卒をして習ひて之を知らしめ、事に臨みて百方参用すれば、庶はくは急遽にして以て匱乏を致さざらん。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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