導師導古典を学びたいすべての人に

新論 / 守禦

嗇用其所希生者、將以有所大用、至其用以應機制勝、則自有將略而存焉、此特可爲曉兵機者論而非所豫論於紙上也、〈如戚繼光水戰法、弓弩標石與火器相參、而如火器、亦其一船應備火藥五百斤、而鉛彈不過三百斤、火藥之用、不止發鉛彈可見、而參以火箭噴筒藥桶諸器、不專用鉛彈則火器之不必恃鉛彈亦可見、〉故大礮之制、干鹵之用、弓弩之技、與夫鐵石雜品可採以供用者、皆用火之術、不可以不及間暇而審議之也、

新字:嗇用其所希生者、将以有所大用、至其用以応機制勝、則自有将略而存焉、此特可為暁兵機者論而非所予論於紙上也、〈如戚継光水戦法、弓弩標石与火器相参、而如火器、亦其一船応備火薬五百斤、而鉛弾不過三百斤、火薬之用、不止発鉛弾可見、而参以火箭噴筒薬桶諸器、不専用鉛弾則火器之不必恃鉛弾亦可見、〉故大礮之制、干鹵之用、弓弩之技、与夫鉄石雑品可採以供用者、皆用火之術、不可以不及間暇而審議之也、

書き下し

其の希に生ずる所の者を嗇用し、将に以て大いに用ゐる所有らんとす。其の用ゐて以て機に応じ勝を制するに至りては、則ち自ら将略有りて存す。此れ特に兵機を暁る者の為に論ずべくして、紙上に豫め論ずる所に非ざるなり。(戚継光の水戦の法の如きは、弓弩標石と火器と相参ふ。而して火器の如きも、亦其の一船に応に火薬五百斤を備ふべくして、鉛弾は三百斤に過ぎず。火薬の用、鉛弾を発するに止まらざること見るべし。而して参ふるに火箭・噴筒・薬桶の諸器を以てし、専ら鉛弾を用ゐず。則ち火器の必ずしも鉛弾を恃まざることも亦見るべし。)故に大礮の制、干鹵の用、弓弩の技、夫の鉄石雑品の採りて以て用に供すべき者と、皆火を用ゐるの術にして、以て間暇に及びて之を審議せざるべからざるなり。

現代語訳

まれにしか産しないものは節約して使い、いざ大いに使う時のためにとっておく。それを用いて機に応じて勝ちを制することについては、おのずから将の策略というものがある。これは兵の機微がわかる者のために論じるべきことで、前もって紙の上で論じるものではない。(たとえば戚継光(明の名将)の水戦の法では、弓・弩・投げ石と火器とを併せて用いる。火器についても、船一隻に火薬五百斤を備えるべきとしながら、鉛弾は三百斤にすぎない。火薬の使い道が鉛弾を撃つことにとどまらないことがわかる。そして火矢・噴筒・火薬桶などの道具を併せ用い、鉛弾だけを使うわけではない。それなら火器が必ずしも鉛弾に頼らなくてよいこともわかる。)だから大砲の制度、盾の用い方、弓や弩の技、さらに鉄や石などの雑多な品で集めて用に立てられるものは、どれも火を用いる術であって、平穏で暇のあるうちに詳しく議論しておかねばならない。

解説

前段を受け、希少な資源は節約して決戦に備えよと説き、その運用は将の判断に委ねるべきで紙上で論じ尽くせるものではないと線を引く。割注では明の名将戚継光の水戦法を引き、船一隻の火薬に比べて鉛弾が少ないことから、火器は鉛弾だけに頼らず火矢や噴筒も併せるものだと論証する。大砲・盾・弓弩・雑品をまとめて「火を用いる術」と呼び、平時の審議を求めて「練火器」の項を閉じる。制度として決めるべきことと現場の判断に任せることを分ける姿勢は、組織運営の基本でもある。

この章句が説くこと

資源火器将略兵法備え戚継光

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る