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政談 / 金銀錢員數減少する仔細の事

偖錢を夥く鑄出たさんには、當時長崎の金高つまりて銅を異國へくたさるゝことなれは、銅拂底にて差支あるへし、總躰銅の拂底になりたるに仔細あり、此の三四十年このかた御城下は勿論、田舍の末々まて小寺小院にも鐘を鑄さるはなし、六十餘州を詮識ぜは莫大の銅なるへし、小さき佛像其の數も夥しくなりたり、佛像も餘りに夥しくなれは信仰は次第に薄くなることなれは、佛法のためにも宜しからさることなり、特に鐘の功德と云ふは人の眠りを醒し、六時勤行の時を敎へ、十二時の移り行くを知らせて無常を觀するたよりとし、又大叢林にては峰々谷々の衆僧を呼集むる用事の爲に鐘をつることなり、然るに鐘樓もなき小寺小院のつく人さへもなきに、旦那を勸進して鐘を樓下につり置きたるは何のため成るぞや、つかぬ鐘に聲なし、聲なくて功德のあるへきやうなし、眞に無用のものなり、

新字:偖銭を夥く鋳出たさんには、当時長崎の金高つまりて銅を異国へくたさるゝことなれは、銅払底にて差支あるへし、総体銅の払底になりたるに仔細あり、此の三四十年このかた御城下は勿論、田舎の末々まて小寺小院にも鐘を鋳さるはなし、六十余州を詮識ぜは莫大の銅なるへし、小さき仏像其の数も夥しくなりたり、仏像も余りに夥しくなれは信仰は次第に薄くなることなれは、仏法のためにも宜しからさることなり、特に鐘の功徳と云ふは人の眠りを醒し、六時勤行の時を教へ、十二時の移り行くを知らせて無常を観するたよりとし、又大叢林にては峰々谷々の衆僧を呼集むる用事の為に鐘をつることなり、然るに鐘楼もなき小寺小院のつく人さへもなきに、旦那を勧進して鐘を楼下につり置きたるは何のため成るぞや、つかぬ鐘に声なし、声なくて功徳のあるへきやうなし、真に無用のものなり、

書き下し

偖銭を夥く鋳出たさんには、当時長崎の金高つまりて銅を異国へくたさるゝことなれは、銅払底にて差支あるへし、総体銅の払底になりたるに仔細あり、此の三四十年このかた御城下は勿論、田舎の末々まて小寺小院にも鐘を鋳さるはなし、六十余州を詮識ぜは莫大の銅なるへし、小さき仏像其の数も夥しくなりたり、仏像も余りに夥しくなれは信仰は次第に薄くなることなれは、仏法のためにも宜しからさることなり、特に鐘の功徳と云ふは人の眠りを醒し、六時勤行の時を教へ、十二時の移り行くを知らせて無常を観するたよりとし、又大叢林にては峰々谷々の衆僧を呼集むる用事の為に鐘をつることなり、然るに鐘楼もなき小寺小院のつく人さへもなきに、旦那を勧進して鐘を楼下につり置きたるは何のため成るぞや、つかぬ鐘に声なし、声なくて功徳のあるへきやうなし、真に無用のものなり、

現代語訳

さて、銭をおびただしく鋳出そうとするには、当節、長崎の取引の金高が詰まって銅を異国へ下されている(輸出している)ので、銅が不足して差し支えがあるであろう。総じて銅が不足するようになったのにはわけがある。この三四十年このかた、御城下はもちろん、田舎の末々まで、小さな寺院でも鐘を鋳ないところはない。六十余州を調べれば莫大な銅であろう。小さい仏像もその数がおびただしくなった。仏像もあまりにおびただしくなれば信仰は次第に薄くなるものなので、仏法のためにもよくないことである。とりわけ鐘の功徳というのは、人の眠りを覚まし、六時の勤行の時を教え、十二時の移り行くのを知らせて無常を観ずるたよりとし、また大寺院では峰々谷々の多くの僧を呼び集める用事のために鐘を撞くのである。それなのに、鐘楼もない小さな寺院で撞く人さえいないのに、檀家に勧進して鐘を軒下に吊るしておくのは何のためであろうか。撞かない鐘に声はない。声がなくて功徳のあるはずがない。まことに無用のものである。

解説

銭を鋳るには銅が要るが、長崎貿易で銅は輸出に回り不足している。徂徠はその一因を、小さな寺院まで競って鐘や仏像を鋳たことに見る。鐘の功徳は、時を告げ人を集め無常を観じさせる働きにあるのに、撞く人もない鐘を軒下に吊るしても声がなく功徳もないと断じる。形だけ整えて本来の用を果たさないものは、資源を眠らせるだけだという指摘である。現代の組織にも、導入しただけで使われない設備や制度が資源を寝かせていることがある。

この章句が説くこと

資源銅寺院功徳無用本来

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