政談 / 當時制度之なき事
小笠原の諸禮には上下の分別はなく唯々眞草行と立てたり、丁寧に念を入れたるか眞の古實なりと覺ゆるより、近年は何もかも丁寧に念を入るゝを善き人と思ふ人多し、これによりて人々の心任せで物事に審かに念を入れんとすること、中頃よりの世の風俗とはなり物の數品多くなる、儉約の御觸あれは物の數品多きは禮なり、奢りにあらす、粗相なるものを用ゆるか儉約なりと心得るゆゑ、矢張り審かに數品多き上にて物ことを粗相に輕くせんとす、粗相なるものも數品多く合せて見れは結搆なるもの一色よりも物入り多くなれども、其の數品多く審かなること既に世の風俗と成りたれはすへきやうなし、此の五六十年以前も制度はなけれともものことすらり〳〵となりたる風俗なり、其故ものを審らかにする風はなきことにて、ぞうりかた〳〵木履かた〳〵のやうなることにてことすみたり、其時分に奢るものもあれとも又甚だ質素なる人もありて、あたりを見合はする風俗無かりし故、
新字:小笠原の諸礼には上下の分別はなく唯々真草行と立てたり、丁寧に念を入れたるか真の古実なりと覚ゆるより、近年は何もかも丁寧に念を入るゝを善き人と思ふ人多し、これによりて人々の心任せで物事に審かに念を入れんとすること、中頃よりの世の風俗とはなり物の数品多くなる、倹約の御触あれは物の数品多きは礼なり、奢りにあらす、粗相なるものを用ゆるか倹約なりと心得るゆゑ、矢張り審かに数品多き上にて物ことを粗相に軽くせんとす、粗相なるものも数品多く合せて見れは結搆なるもの一色よりも物入り多くなれども、其の数品多く審かなること既に世の風俗と成りたれはすへきやうなし、此の五六十年以前も制度はなけれともものことすらり〳〵となりたる風俗なり、其故ものを審らかにする風はなきことにて、ぞうりかた〳〵木履かた〳〵のやうなることにてことすみたり、其時分に奢るものもあれとも又甚だ質素なる人もありて、あたりを見合はする風俗無かりし故、
書き下し
小笠原の諸礼には上下の分別はなく唯々真草行と立てたり、丁寧に念を入れたるか真の古実なりと覚ゆるより、近年は何もかも丁寧に念を入るゝを善き人と思ふ人多し、これによりて人々の心任せで物事に審かに念を入れんとすること、中頃よりの世の風俗とはなり物の数品多くなる、倹約の御触あれは物の数品多きは礼なり、奢りにあらす、粗相なるものを用ゆるか倹約なりと心得るゆゑ、矢張り審かに数品多き上にて物ことを粗相に軽くせんとす、粗相なるものも数品多く合せて見れは結搆なるもの一色よりも物入り多くなれども、其の数品多く審かなること既に世の風俗と成りたれはすへきやうなし、此の五六十年以前も制度はなけれともものことすらり〳〵となりたる風俗なり、其故ものを審らかにする風はなきことにて、ぞうりかた〳〵木履かた〳〵のやうなることにてことすみたり、其時分に奢るものもあれとも又甚だ質素なる人もありて、あたりを見合はする風俗無かりし故、
現代語訳
小笠原流の諸礼には上下の区別はなく、ただ真・草・行(丁寧さの段階)を立てている。丁寧に念を入れるのが本当の故実だと思うことから、近年は何もかも丁寧に念を入れるのを良い人だと思う人が多い。これによって人々が思い思いに物事に細かく念を入れようとすることが、中頃からの世の風俗となって、物の品数が多くなった。倹約のお触れがあると、物の品数が多いのは礼であって奢りではなく、粗末なものを用いるのが倹約だと心得るので、やはり細かく品数の多い上で、物事を粗末に軽くしようとする。粗末なものでも品数を多く合わせてみれば、立派なもの一品よりも出費は多くなるが、その品数が多く細かいことがすでに世の風俗となっているので、どうしようもない。この五、六十年前も制度はなかったが、物事はすらりすらりとした(簡素な)風俗であった。それゆえ物を細かくする風はなく、草履片方に下駄片方というようなことで事が済んだ。その頃にも奢る者はいたが、またはなはだ質素な人もいて、周りを見比べる風俗はなかったので、
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『塩鉄論』散不足篇古者、明器は形有りて實無し、民に用うべからざるを示すなり。其の後に及び、則ち醯醢の藏有り、桐馬偶人もて祭を彌す、其の物備わらず。今厚く資し多く藏し、器用は生人の如し。郡國の繇吏、素桑楺の偶車櫓輪あり、匹夫すら貌領無きこと無く、桐人は紈綈を衣る。
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『驢鞍橋』卷下一日、去る人来り曰く何某は殊勝の僧にて、常に誦経計せらるゝ也。師聞て曰く、夫れても娑婆は大切なるべしと也。
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『墨子』魯問子墨子曰く、曹公子を出だして宋に於いてす。三年にして反る。子墨子を睹て曰く、「始め吾れ子の門に游びしとき、短褐の衣、藿羮も朝に之を得れば則ち夕に得ず、鬼神を祭祀す。而して夫子の政を以て家、始めより厚し。家、厚きこと有りて謹んで鬼神を祭祀す。然り而して人徒、多く死し、六畜、蕃らず、身は病に湛む。吾れ未だ夫子の道の用う可きを知らざるなり」と。子墨子曰く、「然らず。夫れ鬼神の人に欲する所の者は多し。人の髙爵禄に處らば則ち以て賢に讓り、財多ければ則ち以て貧に分かつを欲す。夫れ鬼神、豈に唯だ擢季拑肺を之れ欲せんや。今、子は髙爵禄に處りて以て賢に讓らず、一の不祥なり。財多くして以て貧に分かたず、二の不祥なり。今、子、鬼神に事うるは、唯だ祭るのみ。而して曰く、『病、何自り至れるか』と。是れ猶お百門にして一門を閉じて、『盜、何從り入らん』と曰うがごときなり。是くの若くして福を求むるは、怪の鬼に於いて有らんや。豈に可ならんや」と。
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史記 趙世家且つ服奇なる者は志淫なりとせば、則ち是れ鄒・魯に奇行無きなり。俗辟なる者は民易なりとせば、則ち是れ呉・越に秀士無きなり。且つ聖人は身を利するを之を服と謂ひ、事を便にするを之を礼と謂ふ。夫れ進退の節、衣服の制は、常民を斉しくする所以なり。賢者を論ずる所以に非ざるなり。
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『呻吟語』内篇・應務・習尚の人を壞るは狂泉を飲むが如し士君子の相與するや、必ず諸を禮義に協へ、世俗の計較一切を將て脫し盡くすを求む。今世禮を知ると號する者は、全く聖賢の本意を理會せず、只だ是れ節文習熟し、事體諳練し、燦然として觀る可し。人便ち之を稱し、自家欣然として自得し、泰然として人を責む。嗟夫、繁文彌いよ尚ばれてより先王の道湮沒す。天下の苦だ相責め、群がりて相逐ふ者は、皆な末世の靡文なり。之を道に求むれば、十に九は合はず。此れを之れ習尚と謂ふ。習尚の人を壞るは、狂泉を飲むが如し。
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『論語と算盤』成敗と運命・それ唯忠恕のみさればと言うてその内容にのみ腐心して形式を疎外視することもよろしくない。およそ各種の事業として、内外共に権衡を欠いてはならぬ。要するに、単にその表面を衒わんがため、いたずらに形式にのみ囚わるるということは、最も注意してこれを避けねばならぬ。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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