政談 / 當時制度之なき事
兼て制度を立てゝこれを安くするときは人々知る故分に過ぎたる奢りは自からなくて世上に費へなし、制度なければ上より奢りをするなと制し玉ふと云ふとも、是までが分相應にて是より上か奢りなりと云ふ「キツカケ」なけれはすへきやうなし、華美を好むは人情の常なる故制度なき故に世は次第に奢りに成行くなり、衣服の制度ある時は是は大名是は大役高官の人と云ふ事坐敷の上にても自から知るゝ故、人々貴きを敬ひ儀式自から亂れさるに、上一人より下は民までも何れも小袖を着上下を着ること同樣にて、其衣服の地は金さへあれは何を着ても誰制する人なし、上下の見分けなき故高官大役の人下のものと別の立てやうなく、唯々いかつかましき躰をして是にて高下を別のことに成り、我か身の君子の禮儀を失ふことをは知らず、御役人奉行なとの無禮甚しく、下たるものは禮に過ぎて這ひ屈み、諂ふ風俗甚しきも制度なきか故なり、
新字:兼て制度を立てゝこれを安くするときは人々知る故分に過ぎたる奢りは自からなくて世上に費へなし、制度なければ上より奢りをするなと制し玉ふと云ふとも、是までが分相応にて是より上か奢りなりと云ふ「キツカケ」なけれはすへきやうなし、華美を好むは人情の常なる故制度なき故に世は次第に奢りに成行くなり、衣服の制度ある時は是は大名是は大役高官の人と云ふ事坐敷の上にても自から知るゝ故、人々貴きを敬ひ儀式自から乱れさるに、上一人より下は民までも何れも小袖を着上下を着ること同様にて、其衣服の地は金さへあれは何を着ても誰制する人なし、上下の見分けなき故高官大役の人下のものと別の立てやうなく、唯々いかつかましき体をして是にて高下を別のことに成り、我か身の君子の礼儀を失ふことをは知らず、御役人奉行なとの無礼甚しく、下たるものは礼に過ぎて這ひ屈み、諂ふ風俗甚しきも制度なきか故なり、
書き下し
兼て制度を立てゝこれを安くするときは人々知る故分に過ぎたる奢りは自からなくて世上に費へなし、制度なければ上より奢りをするなと制し玉ふと云ふとも、是までが分相応にて是より上か奢りなりと云ふ「キツカケ」なけれはすへきやうなし、華美を好むは人情の常なる故制度なき故に世は次第に奢りに成行くなり、衣服の制度ある時は是は大名是は大役高官の人と云ふ事坐敷の上にても自から知るゝ故、人々貴きを敬ひ儀式自から乱れさるに、上一人より下は民までも何れも小袖を着上下を着ること同様にて、其衣服の地は金さへあれは何を着ても誰制する人なし、上下の見分けなき故高官大役の人下のものと別の立てやうなく、唯々いかつかましき体をして是にて高下を別のことに成り、我か身の君子の礼儀を失ふことをは知らず、御役人奉行なとの無礼甚しく、下たるものは礼に過ぎて這ひ屈み、諂ふ風俗甚しきも制度なきか故なり、
現代語訳
かねて制度を立ててこれを定めておけば、人々が知っているので、分を過ぎた奢りはおのずとなくなり、世の中に無駄な費えがない。制度がなければ、上から奢りをするなとお止めになっても、ここまでが分相応で、ここから上が奢りだという「きっかけ」(境目)がないので、どうしようもない。華美を好むのは人情の常なので、制度がないから世はしだいに奢りに流れていくのである。衣服の制度があれば、これは大名、これは大役・高官の人ということが座敷の上でもおのずとわかるので、人々は貴い人を敬い、儀式もおのずと乱れないのに、今は上一人から下は民まで、誰もが同じように小袖を着、裃を着て、その衣服の地は金さえあれば何を着ても誰も止める人がない。上下の見分けがないので、高官・大役の人は下の者と区別のつけようがなく、ただいかめしい態度をとって、それで高下を区別することになり、自分が君子の礼儀を失っていることには気づかない。御役人や奉行などの無礼がはなはだしく、下の者は礼を過ぎて這いつくばり、へつらう風俗がはなはだしいのも、制度がないからである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『政談』諸役人職分支配を分つ事就中寺社は大寺大社なとは遠国まても吟呼し置くへき事也、其の仔細は大寺大社なとは遠国にても国寺の支配に漏るゝものなる故也、その高下軽重をつけ由緒すぢめある分は兼ねて奉行所に留ありたきことなり、何もかも留め扣へ無き故差当りて捌き図にあたらす、譬へは春日八幡なと御修覆の願ひ出たらん時、結搆に仰せ付けられたるあとにて、熱田鹿島なとの願ひ出てたらんとき、それも取り持つ人よくて右の願ひさしつゝきに仰せ付けられたる、又そのあとにて出雲大社なと願出てたらんとき、兼てより日本国中の大社は何々と階級を立てゝ御定めなき故、何れを上、何れを下、何か如何程と云ふ定規無くては、料見も付けかたかるへし、かねて制度の定めはなくて下より申し出てたる事はかりを捌くと立つること故何事も〳〵皆図にあたらぬ也、
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『韓非子』難一第三十六今赫は僅かに驕侮せざるのみにして、襄子之を賞するは、是れ賞を失うなり。明主は賞を無功に加えず、罰を無罪に加えず。
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『政談』金銀錢員數減少する仔細の事然るを銭の員数少くなれは銭の位貴くなる故、金銀もそれに連れて貴しと云ふ人あれとも、其は物の情を全く知らぬ人にて、是非を変乱する利口の侫人なり、総して直段の至極に下直なるは銭一文に売ることにて之より下直なる物はなし、銭少なくなりて貴きとて一文を二つにも三つにも割りては遣はれぬものなり、故に銭をは至極の賤しきものに極めて、是れを土台にして金銀の威光働きの強き弱きは見ることなり、右の道理なる故銭を夥しく出すときは金銀の半減に成りたるは左まて苦にはならぬことなり、されとも銭を鋳殖したるばかりにて旅宿の境界を改めす、制度を立てすんは当分は世界湿ふやうなるへけれとも、唯々元禄金銀を其儘に手を付けす矢張り置きたる心持なる故、世界の奢り復た盛になりて果ては又困窮になるへきなり、
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『弁名』中庸和衷中は過不及無きの謂なり。或いは以て道の名と為し、或いは以て徳の名と為し、或いは以て性の名と為す。「舜其の中を民に用ふ」「湯中を民に建つ」の如き、是れ道の名なり。其の解は君牙に見ゆ。「民心中罔し、惟れ爾の中」と曰ふ。蓋し天下の理は過不及無きを以て其の至りと為す。故に人は賢知と無く愚不肖と無く、惟だ中を是れ求む。生民より以来然りと為す。然れども人其の性を殊にし、見る所性を以て殊なり。人其の居を殊にし、見る所居を以て殊なり。而して中定まらず。天下の乱るる所以なり。是に於いて先王中を建てて以て極と為し、天下の民をして皆此に由りて以て行はしむ。故に極或いは中と訓ず。是れ中なる者は聖人の独り知る所にして、衆人の能く知る所に非ざるなり。凡そ先王の建つる所、礼楽徳義、百爾の制度、是れ皆中なり、是れ皆極なり。
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『宋名臣言行録』前集巻一・趙普太平興國中、朝士の祖吉、郡を典り奸贓事覺れて獄に下る。時に郊禮將に近づかんとす。太宗其の貪墨を怒り、百執政に諭して特に郊赦をして宥さざらしむ。普奏して曰く、官を敗り罪に抵るは、宜しく刑辟を正すべし。然れども國家の郊を卜し類に肆ぐは、天地に對越し、休を神明に告ぐる所以なり。吉本と何人ぞ。安んぞ以て陛下の赦令を隳改するに足らんやと。上其の對を善しとして止む。
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『墨子』法儀然らば則ち奚を以て治法を為して可ならんか。當に皆な其の父母に法らば奚若ん。天下の父母為る者は衆けれども、仁なる者は寡し。若し皆な其の父母に法らば、此の法は不仁なり。法、不仁なれば、以て法と為す可からず。當に皆な其の學に法らば奚若ん。天下の學を為す者は衆けれども、仁なる者は寡し。若し皆な其の學に法らば、此の法は不仁なり。法、不仁なれば、以て法と為す可からず。當に皆な其の君に法らば奚若ん。天下の君為る者は衆けれども、仁なる者は寡し。若し皆な其の君に法らば、此の法は不仁なり。法、不仁なれば、以て法と為す可からず。故に父母・學・君の三者は、以て治法と為す可き莫し。
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