宋名臣言行録 / 前集巻一・趙普
太平興國中朝士祖吉典郡奸贓事覺下獄時郊禮將近太宗怒其貪墨諭百執政特俾郊赦不宥普奏曰敗官抵罪宜正刑辟然國家卜郊肆類所以對越天地告休神明吉本何人安足以隳改陛下赦令哉上善其對而止
新字:太平興国中朝士祖吉典郡奸贓事覚下獄時郊礼将近太宗怒其貪墨諭百執政特俾郊赦不宥普奏曰敗官抵罪宜正刑辟然国家卜郊肆類所以対越天地告休神明吉本何人安足以隳改陛下赦令哉上善其対而止
書き下し
太平興國中、朝士の祖吉、郡を典り奸贓事覺れて獄に下る。時に郊禮將に近づかんとす。太宗其の貪墨を怒り、百執政に諭して特に郊赦をして宥さざらしむ。普奏して曰く、官を敗り罪に抵るは、宜しく刑辟を正すべし。然れども國家の郊を卜し類に肆ぐは、天地に對越し、休を神明に告ぐる所以なり。吉本と何人ぞ。安んぞ以て陛下の赦令を隳改するに足らんやと。上其の對を善しとして止む。
現代語訳
太平興国年間、朝廷の官人である祖吉が、郡を治めていて不正な蓄財が発覚し、獄に下された。ちょうど郊祭が近づいていた。太宗はその貪欲さに怒り、政を執る者たちに告げて、郊祭の大赦から彼だけは外すよう命じた。趙普が奏上して言った。「官を汚して罪に当たったのですから、刑を正しく行うべきです。しかし国家が日を選んで郊祭を行い犠牲を捧げるのは、天地に向き合い、めでたさを神明に告げるためのものです。祖吉はもともと何ほどの者でしょうか。どうして陛下の赦令を、その者のために崩すに足りましょう」。太宗はその答えをよしとして取りやめた。
解説
憎い一人のために例外を作るな、と諌めた条です。趙普はまず、罪は罪として正しく刑を行うべきだと認めます。そのうえで別のことを言う。赦令は天地に向き合うためのもので、一人を外すために崩すものではない。しかも相手を持ち上げず、「もともと何ほどの者でしょう」と軽く扱ってみせました。憎む気持ちを否定せずに、例外を作る値打ちが無いほうへ話を移しています。
この章句が説くこと
吉本と何人ぞ安んぞ以て陛下の赦令を隳改するに足らん官を敗り罪に抵るは宜しく刑辟を正すべし国家の郊を卜し類に肆ぐは天地に対越する所以なり例外基準制度
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