政談 / 武家旅宿の境遇を改むる事
田舍に武家居住せさる故武家田舍へ行きて放埓をするを氣遣ひ、五里外へ罷出つることは今はならさることなれとも、夫とは違ひ在々所々に地頭之ある上は筋ある所へ參り放埓すへきやうなし、川狩鹿狩をも仕りて山川をかけありき、國中の地理をも知り、嶮岨にもなれ、物事に武士にわさ功者になるへし、當時は我か身江戶にありて知行所遠方なれは、なじみもなく恩義も貫ぬかす、只百姓よりは年貢をとる者と覺え、百姓は亦年貢を出だすとはかり覺え、唯々取らん取られじの心計りにて百姓に非道をするやからも之あれとも、不斷に我か住所にて見なれ聞なれする時は愛憐の心も自然と生し、如何樣の人にても百姓をさのみ慘くはせぬこと是亦人情なり、武家を知行所に差置くこと斯の如く德ありて甚た宜しきことなり、
新字:田舎に武家居住せさる故武家田舎へ行きて放埓をするを気遣ひ、五里外へ罷出つることは今はならさることなれとも、夫とは違ひ在々所々に地頭之ある上は筋ある所へ参り放埓すへきやうなし、川狩鹿狩をも仕りて山川をかけありき、国中の地理をも知り、嶮岨にもなれ、物事に武士にわさ功者になるへし、当時は我か身江戸にありて知行所遠方なれは、なじみもなく恩義も貫ぬかす、只百姓よりは年貢をとる者と覚え、百姓は亦年貢を出だすとはかり覚え、唯々取らん取られじの心計りにて百姓に非道をするやからも之あれとも、不断に我か住所にて見なれ聞なれする時は愛憐の心も自然と生し、如何様の人にても百姓をさのみ惨くはせぬこと是亦人情なり、武家を知行所に差置くこと斯の如く徳ありて甚た宜しきことなり、
書き下し
田舎に武家居住せさる故武家田舎へ行きて放埓をするを気遣ひ、五里外へ罷出つることは今はならさることなれとも、夫とは違ひ在々所々に地頭之ある上は筋ある所へ参り放埓すへきやうなし、川狩鹿狩をも仕りて山川をかけありき、国中の地理をも知り、嶮岨にもなれ、物事に武士にわさ功者になるへし、当時は我か身江戸にありて知行所遠方なれは、なじみもなく恩義も貫ぬかす、只百姓よりは年貢をとる者と覚え、百姓は亦年貢を出だすとはかり覚え、唯々取らん取られじの心計りにて百姓に非道をするやからも之あれとも、不断に我か住所にて見なれ聞なれする時は愛憐の心も自然と生し、如何様の人にても百姓をさのみ惨くはせぬこと是亦人情なり、武家を知行所に差置くこと斯の如く徳ありて甚た宜しきことなり、
現代語訳
田舎に武家が住まないので、武家が田舎へ行って放埒をするのを心配して、五里より外へ出ることは今はできないことになっているが、それとは違い、村々に地頭がいる以上は、筋のある所へ行って放埒することはできない。川狩りや鹿狩りもして山川を駆け回り、国中の地理も知り、険しい地にも慣れ、何事につけ武士の技に熟達するだろう。今は自分が江戸にいて知行所は遠方なので、なじみもなく恩義も通わず、ただ百姓からは年貢を取る者だと思い、百姓もまた年貢を出すとばかり思って、ただ取ろう取られまいの心ばかりで、百姓に非道をする輩もいるが、ふだん自分の住む所で見慣れ聞き慣れている時は、慈しみの心も自然と生じ、どのような人でも百姓をそれほどむごくは扱わないのも、これまた人情である。武家を知行所に置くことには、このように徳があって、たいへんよいことである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『呻吟語』内篇・應務・此れを至愚と謂ふ我事に寧耐する能はずして、事をして吾が意の如くならしむ。然らずんば躁煩す。我人を涵容する能はずして、人をして吾が意の如くならしむ。然らずんば譴怒す。是の如くんば則ち終日自在の時無し。而して事卒に以て僨れ、人卒に以て怨み、我卒に以て損す。此れを至愚と謂ふ。
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孫子・謀攻篇孫子曰く、凡そ兵を用うるの法は、国を全うするを上と為し、国を破るは之に次ぐ。軍を全うするを上と為し、軍を破るは之に次ぐ。旅を全うするを上と為し、旅を破るは之に次ぐ。卒を全うするを上と為し、卒を破るは之に次ぐ。伍を全うするを上と為し、伍を破るは之に次ぐ。
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『墨子』非攻中昔者、晉に六將軍有りて、智伯より强なるは莫し。其の土地の博く、人徒の衆きを計り、以て諸侯に抗し、以て英名を為さんと欲す。攻戰の速きに、故に其の爪牙の士を差論し、皆な舟車の衆を列ねて、以て中行氏を攻めて之を有つ。其の謀を以て既已に足れりと為し、又た兹の范氏を攻めて大いに之を敗り、三家を并せて以て一家と為すも止まず、又た趙襄子を晉陽に圍む。此くの若きに及べば、則ち韓・魏も亦た相い從いて謀りて曰く、「古者、語有り、脣亡ぶれば則ち齒寒しと。趙氏、朝に亡べば、我れ夕べに之に從わん。趙氏、夕べに亡べば、我れ朝に之に從わん。詩に曰く『魚は水を務めず、陸に將た何ぞ及ばんや』と」。是を以て三主の君、心を一にし力を戮せ、門を辟き道を除き、甲を奉じ士を興し、韓・魏は外自りし、趙氏は内自りして、智伯を擊ちて大いに之を敗る」と。
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『学問のすゝめ』八編・わが心をもって他人の身を制すべからず・百姓も人なり禁裏さまも人なりさて百姓に至りてはもはや目下の者もあらざれば少し当惑の次第なれども、元来この議論は人間世界に通用すべき当然の理に基づきたるものなれば、百万遍の道理にて、回れば本に返らざるを得ず。「百姓も人なり、禁裏さまも人なり、遠慮はなし」と御免を蒙り、百姓の心をもって禁裏さまの身を勝手次第に取り扱い、行幸あらんとすれば「止まれ」と言い、行在に止まらんとすれば「還御」と言い、起居眠食、みな百姓の思いのままにて、金衣玉食を廃して麦飯を進むるなどのことに至らば如何。かくのごときはすなわち日本国中の人民、身みずからその身を制するの権義なくしてかえって他人を制するの権あり。
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『学問のすゝめ』三編・一身独立して一国独立すること・主客の二様に分かれ仮りにここに人口百万人の国あらん。このうち千人は智者にして、九十九万余の者は無智の小民ならん。智者の才徳をもってこの小民を支配し、あるいは子のごとくして愛し、あるいは羊のごとくして養い、あるいは威しあるいは撫し、恩威ともに行なわれてその向かうところを示すことあらば、小民も識らず知らずして上の命に従い、盗賊、人殺しの沙汰もなく、国内安穏に治まることあるべけれども、もとこの国の人民、主客の二様に分かれ、主人たる者は千人の智者にて、よきように国を支配し、その余の者は悉皆何も知らざる客分なり。すでに客分とあればもとより心配も少なく、ただ主人にのみよりすがりて身に引き受くることなきゆえ、国を患うることも主人のごとくならざるは必然、実に水くさき有様なり。
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『学問のすゝめ』十六編・手近く独立を守ること・三杯、酒、人を呑む「一杯、人、酒を呑み、三杯、酒、人を呑む」という諺あり。今この諺を解けば、「酒を好むの欲をもって人の本心を制し、本心をして独立を得せしめず」という義なり。今日世の人々の行状を見るに、本心を制するものは酒のみならず、千状万態の事物ありて本心の独立を妨ぐることはなはだ多し。
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