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学問のすゝめ / 八編・わが心をもって他人の身を制すべからず・百姓も人なり禁裏さまも人なり

さて百姓に至りてはもはや目下の者もあらざれば少し当惑の次第なれども、元来この議論は人間世界に通用すべき当然の理に基づきたるものなれば、百万遍の道理にて、回れば本に返らざるを得ず。「百姓も人なり、禁裏さまも人なり、遠慮はなし」と御免を蒙り、百姓の心をもって禁裏さまの身を勝手次第に取り扱い、行幸あらんとすれば「止まれ」と言い、行在に止まらんとすれば「還御」と言い、起居眠食、みな百姓の思いのままにて、金衣玉食を廃して麦飯を進むるなどのことに至らば如何。かくのごときはすなわち日本国中の人民、身みずからその身を制するの権義なくしてかえって他人を制するの権あり。

書き下し

さて百姓に至りてはもはや目下の者もあらざれば少し当惑の次第なれども、元来この議論は人間世界に通用すべき当然の理に基づきたるものなれば、百万遍の道理にて、回れば本に返らざるを得ず。「百姓も人なり、禁裏さまも人なり、遠慮はなし」と御免を蒙り、百姓の心をもって禁裏さまの身を勝手次第に取り扱い、行幸あらんとすれば「止まれ」と言い、行在に止まらんとすれば「還御」と言い、起居眠食、みな百姓の思いのままにて、金衣玉食を廃して麦飯を進むるなどのことに至らば如何。かくのごときはすなわち日本国中の人民、身みずからその身を制するの権義なくしてかえって他人を制するの権あり。

現代語訳

さて百姓に至ってはもはや目下の者もいないので少し当惑する次第ですが、もともとこの議論は人間世界に通用すべき当然の道理に基づくものですから、百万遍の道理として、回れば元に返らざるを得ません。百姓も人であり、禁裏さまも人である、遠慮はいらない、とご免をこうむって、百姓の心で禁裏さまの身を勝手気ままに取り扱い、行幸されようとすれば止まれと言い、行在所に止まろうとすれば還御と言い、起居も眠りも食事もみな百姓の思いのまま、金衣玉食をやめて麦飯を差し上げるなどということになったらどうでしょうか。このようであれば、日本国中の人民は自分で自分の身を支配する権利がなくて、かえって他人を支配する権利があることになります。

解説

論法が一周して反転します。百姓の下には誰もいないので、輪は上へ戻り、百姓が天皇の起居を指図することになる。麦飯を差し上げる、という落としどころまで書いて、反対説の帰結が滑稽であることを示します。そして結論が一行で置かれる。この考えでは、人は自分を支配する権利はないのに他人を支配する権利はあることになる。背理法を笑いとともに完成させた見事な一段です。

この章句が説くこと

反転背理笑い支配権利

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