墨子 / 非攻中
昔者晉有六將軍,而智伯莫為强焉。計其土地之博,人徒之衆,欲以抗諸侯,以為英名。攻戰之速,故差論其爪牙之士,皆列舟車之衆,以攻中行氏而有之。以其謀為既已足矣,又攻兹范氏而大敗之,并三家以為一家,而不止,又圍趙襄子於晉陽。及若此,則韓、魏亦相從而謀曰:「古者有語,脣亡則齒寒」。趙氏朝亡,我夕從之,趙氏夕;亡,我朝從之。詩曰「魚水不務,陸將何及乎!」」是以三主之君,一心戮力辟門除道,奉甲興士,韓、魏自外,趙氏自内,擊智伯大敗之。」
新字:昔者晉有六将軍,而智伯莫為强焉。計其土地之博,人徒之衆,欲以抗諸侯,以為英名。攻戦之速,故差論其爪牙之士,皆列舟車之衆,以攻中行氏而有之。以其謀為既已足矣,又攻茲范氏而大敗之,并三家以為一家,而不止,又囲趙襄子於晉陽。及若此,則韓、魏亦相従而謀曰:「古者有語,脣亡則齒寒」。趙氏朝亡,我夕従之,趙氏夕;亡,我朝従之。詩曰「魚水不務,陸将何及乎!」」是以三主之君,一心戮力辟門除道,奉甲興士,韓、魏自外,趙氏自内,擊智伯大敗之。」
書き下し
昔者、晉に六將軍有りて、智伯より强なるは莫し。其の土地の博く、人徒の衆きを計り、以て諸侯に抗し、以て英名を為さんと欲す。攻戰の速きに、故に其の爪牙の士を差論し、皆な舟車の衆を列ねて、以て中行氏を攻めて之を有つ。其の謀を以て既已に足れりと為し、又た兹の范氏を攻めて大いに之を敗り、三家を并せて以て一家と為すも止まず、又た趙襄子を晉陽に圍む。此くの若きに及べば、則ち韓・魏も亦た相い從いて謀りて曰く、「古者、語有り、脣亡ぶれば則ち齒寒しと。趙氏、朝に亡べば、我れ夕べに之に從わん。趙氏、夕べに亡べば、我れ朝に之に從わん。詩に曰く『魚は水を務めず、陸に將た何ぞ及ばんや』と」。是を以て三主の君、心を一にし力を戮せ、門を辟き道を除き、甲を奉じ士を興し、韓・魏は外自りし、趙氏は内自りして、智伯を擊ちて大いに之を敗る」と。
現代語訳
むかし晋に六人の将軍がいたが、智伯より強い者はいなかった。自分の領土の広さと人の多さを数え、諸侯に対抗して名を上げようとした。攻め戦いは速く、爪牙の士を選び分け、舟と車の軍勢を並べて中行氏を攻めてこれを取った。自分の謀はもう十分だとして、さらに范氏を攻めて大いに破り、三家を併せて一家とし、それでもやめず、さらに趙襄子を晋陽に囲んだ。ここまで来ると、韓と魏も互いに相談して言った。「昔からこういう言葉がある、唇が亡べば歯が寒い、と。趙氏が朝に滅べば、我々は夕方にそれに続く。趙氏が夕方に滅べば、我々は朝にそれに続く。『詩』にいう、魚は水にいるうちに努めなければ、陸に上がってからでは間に合わない、と」。だから三家の君は心を一つにし力を合わせ、門を開き道を掃き、鎧を負い兵を起こし、韓と魏は外から、趙氏は内から、智伯を撃って大いに破った」。
解説
この章句が説くこと
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孫子・謀攻篇孫子曰く、凡そ兵を用うるの法は、国を全うするを上と為し、国を破るは之に次ぐ。軍を全うするを上と為し、軍を破るは之に次ぐ。旅を全うするを上と為し、旅を破るは之に次ぐ。卒を全うするを上と為し、卒を破るは之に次ぐ。伍を全うするを上と為し、伍を破るは之に次ぐ。
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『淮南子』道應訓武王 太公に問いて曰く、「寡人 紂を伐ちて天下す。是れ臣にして其の主を殺し、下にして其の上を伐つなり。吾 後世の用兵 休まず、鬥爭 已まざるを恐る。之を爲すこと奈何」と。太公曰く、「甚だ善し、王の問いや。夫れ未だ獸を得ざる者は、唯だ其の創の小なるを恐る。已に之を得れば、唯だ肉を傷むるの多きを恐る。王 若し久しく之を持せんと欲せば、則ち民を兌に塞ぎ、道 全く無用の事、煩擾の教を爲さば、彼 皆な其の業を樂しみ、其の情に供し、昭昭として冥冥に道かん。是に於いて乃ち其の瞀を去りて之に木を載せ、其の劍を解きて之に笏を帶びしむ。之が爲に三年の喪あり、類をして蕃らざらしめ、髙辭卑讓、民をして爭わざらしむ。酒肉以て之を通じ、竽瑟以て之を娯しませ、鬼神以て之を畏れしめ、繁文滋禮以て其の質を弇い、厚葬久喪以て其の家を亶くし、含珠鱗・施綸組以て其の財を貧しくし、深く鑿ち髙く壟して以て其の力を盡くさしむ。家 貧しく族 少なく、患を慮る者 貧しからん。此を以て風を移さば、以て天下を持して失わざる可し」と。故に老子曰く、「化して作らんと欲すれば、吾 將に之を鎭むるに無名の樸を以てせんとす」と。
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『宋名臣言行録』後集巻三・文彦博公予に謂いて言う、初め及第して大理評事を授かり、絳州翼城縣を知す。未だ任に赴かず。客李本なる者有り、三たび訪ねて後に之に見ゆるを得たり。且つ言う、本に壻有りて縣の巡檢と爲る。公の庇わんことを幸うと。又た曰く、本は獨り干を奉ずるのみに非ず、亦た以て奉助有りと。本嘗て其の邑の戸口衆く猾にして治め難きを知り、因りて一策の文字を出す。皆景跡の人の姓名なり。其の首は姓張なり。公の至るに比び、姓張の人の事已に敗る。縣未だ給する能わず。正簿・尉皆云う、某等此に在ること各ミ歳餘、豈に過失無くして此の人の持する所と爲らんや。幸わくは君の來たらば必ず之を辨ぜんと。是に於いて公盡く其の姦狀を得て州に上り、之を決配す。邑人皆悚畏すと。
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『管子』輕重乙管子曰く、「泉雨五尺なれば、其の君必ず辱めらる。食を稱るの國は必ず亡ぶ。五榖を待つ者衆ければなり。故に樹木の霜露に勝つ者は、令を天に受けず。家の其の所に足る者は、聖人に從わず。故に奪いて然る後に予え、髙くして然る後に下し、喜ばしめて然る後に怒らしむれば、天下舉ぐべし」と。
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『淮南子』人間訓智伯 韓・魏二國を率いて趙を伐ち、晉陽を圍み、晉水を決して之に灌ぐ。城下 木に緣りて處り、釜を縣けて炊ぐ。襄子 張孟談に謂いて曰く「城中の力 已に盡き、糧食 匱乏し、大夫 病めり。之を爲すこと奈何」と。張孟談曰く「亡ぶるを存する能わず、危うきを安んずる能わずんば、智士を貴ぶこと無からん。臣 請う、試みに潛行して、韓・魏の君に見えて之に約せん」と。乃ち韓・魏の君に見え、之に說きて曰く「臣 之を聞く、脣 亡びて齒 寒しと。今 智伯 二君を率いて趙を伐つ。趙 將に亡びんとす。趙 亡べば、則ち君 之が次と爲らん。今に及びて之を圖らずんば、禍 將に二君に及ばんとす」と。二君曰く「智伯の人と爲りや、粗中にして親しむこと少なし。我 謀りて泄れなば、事 必ず敗れん。之を爲すこと奈何」と。張孟談曰く「言は君の口を出でて、臣の耳に入る。人 孰か之を知る者あらんや。且つ情を同じくすれば相い成し、利を同じくすれば相い死す。君 其れ之を圖れ」と。二君 乃ち張孟談と陰かに謀り、之と期す。張孟談 乃ち襄子に報ず。
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説苑・權謀智伯韓・魏の兵を從へて以て趙を攻め、晉陽の城を圍みて之を溉ぐ。城沒せざる者三板。絺疵智伯に謂ひて曰く、「韓・魏の君必ず反せん」と。智伯曰く、「何を以て之を知る」と。對へて曰く、「夫れ趙に勝ちて其の地を三分せんとするに、今城の未だ沒せざる者三板、臼灶蛙生じ、人馬相食む。城降ること日有らんとす。而るに韓・魏の君喜ぶ志無くして憂ふる色有り。是れ反するに非ずして何ぞや」と。明日、智伯韓・魏の君に謂ひて曰く、「疵、君の反する言へり」と。韓・魏の君曰く、「必ず趙に勝ちて其の地を三分せんとす。今城將に勝たんとす。夫れ二家愚なりと雖も、美利を棄てて約に偝きて成すべからざるの事を難くせんや。其の勢見るべきなり。是れ疵必ず趙の爲に君に說き、且つ君をして二主の心を疑はしめ、而して趙を攻むるを解かしめんとするなり。今君讒臣の言を聽きて二主の交を離す。君の爲に之を惜しむ」と。智伯出でて、絺疵を殺さんと欲す。絺疵逃ぐ。韓・魏の君果して反す。