政談 / 遊女河原者の種姓の分事並に乞食の締りの事
されは右の乞食非人と云ふものは畢竟鰥寡孤獨のともからにて天下の究民なり、如何なる聖人の御代にも鰥寡孤獨はある事なる故、文王の仁政と云ふは此の鰥寡孤獨を憫れみ救ふことを第一と仕玉へるなり、况して今の代の乞食非人は世の風俗の惡しきと世のつまりたるより生したる者なれは、畢竟上の治めの届かぬ所あるに歸することなる故、之を救ふ道あるへきことなり、然るに何のをもひまはしもなく善七手下になすこと唯々仕方に困りてのことなれは、奉行御役人の才智の拙きと云ふへし、
新字:されは右の乞食非人と云ふものは畢竟鰥寡孤独のともからにて天下の究民なり、如何なる聖人の御代にも鰥寡孤独はある事なる故、文王の仁政と云ふは此の鰥寡孤独を憫れみ救ふことを第一と仕玉へるなり、況して今の代の乞食非人は世の風俗の悪しきと世のつまりたるより生したる者なれは、畢竟上の治めの届かぬ所あるに帰することなる故、之を救ふ道あるへきことなり、然るに何のをもひまはしもなく善七手下になすこと唯々仕方に困りてのことなれは、奉行御役人の才智の拙きと云ふへし、
書き下し
されは右の乞食非人と云ふものは畢竟鰥寡孤独のともからにて天下の究民なり、如何なる聖人の御代にも鰥寡孤独はある事なる故、文王の仁政と云ふは此の鰥寡孤独を憫れみ救ふことを第一と仕玉へるなり、況して今の代の乞食非人は世の風俗の悪しきと世のつまりたるより生したる者なれは、畢竟上の治めの届かぬ所あるに帰することなる故、之を救ふ道あるへきことなり、然るに何のをもひまはしもなく善七手下になすこと唯々仕方に困りてのことなれは、奉行御役人の才智の拙きと云ふへし、
現代語訳
そうであれば、先の乞食・非人というものは、結局は鰥寡孤独(妻を失った男・夫を失った女・親のない子・子のない老人)の人々で、天下の窮民である。どれほどの聖人の御代にも鰥寡孤独はあるものなので、文王の仁政というのは、この鰥寡孤独を憐れみ救うことを第一となさったのである。まして今の世の乞食・非人は、世の風俗が悪いことと世の中が詰まったことから生じた者なので、結局は上の治めの届かないところがあることに帰するのだから、これを救う道があるべきである。ところが何の思案もなく善七の手下にしてしまうのは、ただ扱いに困ってのことなので、奉行や役人の才智が拙いというべきである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『政談』鰥寡孤獨の事鰥寡孤独のものには御扶持を下さるべきこと也、是は畢竟年七十に余りたるものゝ誰も養ふ人なきを云ふなり、田舎などにては二三百石の村にも一両人ならでは之なきことなり、江戸は旅ものゝ心の儘に集まることに成たれば、箇様の人多かるべし、一巻目に云ひたる如く悉く人返しをして余る人を江戸の人と定めて、其内にて下されは多くもあるまじ、一人に米一俵づゝに下さるは、これをかためには、大なることなるべし、九十百に余る人には一年に一度ほど東照宮生忌の御日などに餅を一重も下さるべし、是人養老の礼に叶ふべし、道心者と云ものは畢竟鰥寡孤独なり、都も田舎も下にては相応に鉢をも入るゝ、其の心根を問へは強ちに仏法を信する計りにあらず、鰥寡孤独を憫れむ心にてとらするなり、下々は斯の如くなるに、上にて其の沙汰なきは如何なることぞや、御代々の御忌日などに增上寺の裏門、東叡山の裡門にて公儀の御役人参り、一人に一舛つゝなりとも、鉢に御入あるべきことなり、文王の政は鰥寡孤独を先とすと云ひ、文王は能く先を養ふと云へり、是等は上の御祈祷に之に過きたることは有まじ、御役人の文盲さに斯の如きことは取興さす、一度に子三人生たるものに米銭を下さるゝと云やうなる、衰世の埓もなき古実を取行ふは詮もなきことなり、
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『大和俗訓』巻之三・心術上一民の司となる人、我一人のたのしみを好むべからず。民と共に楽しむべし。是まことの楽なり。天下の人は、たかきもひききも、皆我が兄弟の理ありて、本は一体なることを知り、我が心を以て人の心をおしはかり、聊人のうれひ苦む事をなすべからず。貧窮にしてうゑこごゆるもの、病者、かたはなる者、世をわたりかねて憂ひくるしめる鰥寡孤独の類をば、我が力を以て救ふべし。鰥寡孤独とは、老いて妻なきを鰥と云ひ、老いて夫なきを寡といひ、いとけなうして父なきを孤と云ひ、老いて子なきを独と云ふ。此四の者は、世の中の困窮せる民にて、人のめぐみを受くべきたよりな飢ゑこごえする人なり、いとあはれむべし。いにしへの聖人の政は、まづかやうのふびんなる民は、早くめぐみ給ふ。
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礼記・王制少(わか)くして父無き者はこれを孤と謂い、老いて子無き者はこれを独と謂い、老いて妻無き者はこれを矜(かん)と謂い、老いて夫無き者はこれを寡と謂う。此の四者は、天民の窮して告ぐる無き者なり。皆常の餼(き)有り。 瘖(いん)・聾(ろう)・跛(は)・躃(へき)・断者・侏儒(しゅじゅ)・百工は、各〻其の器を以てこれを食(やしな)う。
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『君子訓』巻之中一幼くして父なきを孤といひ老いて子なきを独といひ、老いて妻なきを鰥といひ、老いて夫なきを寡といふ。是を四窮民といふ。天下の内にて、いと不幸にして便なき者なり。此四の者世に多けれども、其親類の財力ありて養ふ者は飢寒に及ばず。其余の飢寒に及ぶものは、大村といふとも二三人に過ぐべからず。是を養ふに、其費多からず。其所の奉行司より常に扶助をなして、飢寒せしむべからず。是奉行たる人の職分なり。民の飢寒するは、其所の政苛ければなり。故に乞人の多きは司の恥なり。
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『政談』遊女河原者の種姓の分事並に乞食の締りの事乞食の朽ちたる木を拾ひ、火事塲の焼釘を拾ふをも昔はかまふ人無りしを、近頃はせいとうすると云ふ、鰥寡孤独のたぐひの究民は箇様のをちこぼれをひろひてこそ渡世をはすへけん、火を付けたる故にせいとうするはずになることなれども、鰥寡孤独のたぐひの取りはからひなくて、一こと出来ればそのことをせいとうすれば後には彼等は立枯に成てやはつべき、
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『政談』遊女河原者の種姓の分事並に乞食の締りの事某十七八のとき上総の国にて承はりたること有り、加賀の国には非人一人もなし、非人出れは小屋を立て入れ置きて草履を造らせ縄をなわせ、種々のわさを申し付けて加賀守之を養ふ、役人を付て居て其の縄草履等を売せて又元の如く店を持たすることなり、加賀の国より逐電して来り上総の国に住み居るものゝ語りしを聞きて真に仁政なるやと存したるあり、今は如何なるらん、当時施薬所を御立てあるもくはう大の御悲慈なれとも、今少し下の御覧なされやう結搆なり、賤しきものわつらひて死すれは仕合なり、息災にて命のいきて飢渇にせまること当時の屋敷ものゝ上にて最第一の難儀なりと知るべし、其の役によりをもひまうけたる人を町奉行とし、治めの筋を第一とし、町より悪人出て非人出つるは役義の耻なりと云ふ事を示してあまり上よりの抑へ扣へなく心の儘に量見をさせたらんには、才智ある人ならは非人のとりをさめ如何やうにもなるへきことなり、偖古き乞食には善七方にて人別を立てゝ、尤も妄りに新こもかふりを手下にすることを禁ずべし、田舎迄も善七松右衛門手下成る故手届かすすかりて悪しゝ、田舎の乞食は所きりに其村の支配なるべし、
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