政談 / 戶籍の事
右のごとくつもりあはせて御城下の人の戶籍を定めたる上にて、御城下の町に家持と店借とあり、家持は本百姓のごとし、店借は水のみ百姓のごとし、いつれもその町を永々子孫まての居住とさため、店借りも自由に他所に店をかゆることならぬやうにすること本式なり、御城下も能く治まり、鄕里の交り睦しく、風俗も直りたる上にては、店賃のたゝまりなとは名主五人組の取扱ひにて如何やうにもなるへし、町中見離したる惡しき人ならは奉行所へ申し出てゝいかやうにもなるへけれは、本式の如く成るへけれとも、當分は先つは一町の內を妄りに出たさす、さては右に見えたる如くに江戶中を四つにも五つにも割りて奉行を別々に置き、こゝは奉行の一支配の內を限りて店かへをゆるすへし、家持も店借も何年何月幾日になかく御城下のたみたるへき旨仰せ渡さるゝと云ふことを人別帳に記し置き、さて店かへをせは何れの時より店をかへ來ると云ふことを年月日まて之を記し、勿論最初よりの名家名をあらたむることを堅く禁すへきことなり、
新字:右のごとくつもりあはせて御城下の人の戸籍を定めたる上にて、御城下の町に家持と店借とあり、家持は本百姓のごとし、店借は水のみ百姓のごとし、いつれもその町を永々子孫まての居住とさため、店借りも自由に他所に店をかゆることならぬやうにすること本式なり、御城下も能く治まり、郷里の交り睦しく、風俗も直りたる上にては、店賃のたゝまりなとは名主五人組の取扱ひにて如何やうにもなるへし、町中見離したる悪しき人ならは奉行所へ申し出てゝいかやうにもなるへけれは、本式の如く成るへけれとも、当分は先つは一町の内を妄りに出たさす、さては右に見えたる如くに江戸中を四つにも五つにも割りて奉行を別々に置き、こゝは奉行の一支配の内を限りて店かへをゆるすへし、家持も店借も何年何月幾日になかく御城下のたみたるへき旨仰せ渡さるゝと云ふことを人別帳に記し置き、さて店かへをせは何れの時より店をかへ来ると云ふことを年月日まて之を記し、勿論最初よりの名家名をあらたむることを堅く禁すへきことなり、
書き下し
右のごとくつもりあはせて御城下の人の戸籍を定めたる上にて、御城下の町に家持と店借とあり、家持は本百姓のごとし、店借は水のみ百姓のごとし、いつれもその町を永々子孫まての居住とさため、店借りも自由に他所に店をかゆることならぬやうにすること本式なり、御城下も能く治まり、郷里の交り睦しく、風俗も直りたる上にては、店賃のたゝまりなとは名主五人組の取扱ひにて如何やうにもなるへし、町中見離したる悪しき人ならは奉行所へ申し出てゝいかやうにもなるへけれは、本式の如く成るへけれとも、当分は先つは一町の内を妄りに出たさす、さては右に見えたる如くに江戸中を四つにも五つにも割りて奉行を別々に置き、こゝは奉行の一支配の内を限りて店かへをゆるすへし、家持も店借も何年何月幾日になかく御城下のたみたるへき旨仰せ渡さるゝと云ふことを人別帳に記し置き、さて店かへをせは何れの時より店をかへ来ると云ふことを年月日まて之を記し、勿論最初よりの名家名をあらたむることを堅く禁すへきことなり、
現代語訳
右のように見積もり合わせて御城下の人の戸籍を定めたうえで、御城下の町には家持ちと店借り(借家人)とがある。家持ちは本百姓のようなもの、店借りは水呑み百姓のようなものである。いずれもその町を末長く子孫までの住まいと定め、店借りも勝手に他所へ店を替えることができないようにするのが本式である。御城下もよく治まり、郷里の交わりが睦まじく、風俗も直ったうえでは、店賃の滞りなどは名主・五人組の取り扱いでどのようにもなるだろう。町中が見放した悪い人ならば、奉行所へ申し出てどのようにもなるだろうから、本式のようにできるだろうが、当座はまず一町の内からみだりに出さないようにし、さらに右に見えるように江戸中を四つにも五つにも割って奉行を別々に置き、その奉行一支配の内に限って店替えを許すべきである。家持ちも店借りも、何年何月幾日に末長く御城下の民となるべき旨を仰せ渡されたということを人別帳に記しておき、さて店替えをすれば、いつから店を替えて来たかということを年月日まで記し、もちろん最初からの名や家名を改めることを堅く禁ずべきである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『政談』戶籍の事さて戸籍の法を立つるには江戸も田舎も国々も其所にこの人をきわむることなれは、先つ人数惣高の積りあるへし、古は地をはかりて民をおくと云ふことなり、六十余州悉く一国々々の人別を見て、さて御城下の人と関八州の人との惣人数を考へ、関八州より出る米穀にて御城下並に関八州の人の一年の食事足るつもりをかね合せにして御城下の人数を定むへし、諸国より来たる旅人並に諸大名の家来は外なるへし、これ諸国より来たる米を食するつもりにすへし、当時御城下に居るもの多く諸国のものなれは、右の限りを以て御城下の人数を限り、その外は悉く諸国へ返すへし、返す仕方はその地頭々々に申付けて人返しさすへきなり、
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『政談』出替り奉公人の締りの事御城下の町人は町々に人別帳あれども店を逐立て、又自分よりも店替する事自由なり、元来他国よりのあつまりものにて親類も御当地になし、根本来歴を誰もしらぬ者なり、さて奉公人は皆田舎より新たに出たるものにて、受人とは元来よりの知る人にてもなきに請に立つことなり、それ故人主を立つれども人ぬし又住所を定めず、さて人召し置くものは手形一枚を証拠として、誰何町の誰店と云ふことばかりを目あてとして召し置くことなり、これ元来その不慥なるを搆はず只公法を以て召おくなれば、御先々前御代にうけ人の家主にかゝること無理なるやうなれども、元来人召しおくものゝ目あてともする所斯の如くなるやうに法を立てたることは無理と云ひがたし、されども受に立ちたるは家主は知らぬことなりと云ふところより見れば無理なるやうなり、されども家賃店賃を取るべきためにもともしらぬ者に店をかすより悪事出来するなれば、公法を丈夫に立つる仕方は家主にかゝることとも云ふべし、されども元来その公法の立てやう宜しからざる所より様々の奸曲出来る故、当時さばきを仕かへて見れば、家主のため計りになりて受人の奸曲同じことなり、これ皆宜しからざる法を其儘にし置きて、其上にて様々とさはきを仕かゆる故、何ほど仕かへても行きとゞかざることなり、
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『政談』浪人並に道心者締り等の事右の如く戸籍の法を立つるとき、人の品様々あるによりて差支あるべし、浪人と云ふもの元来は武家に奉公して、其の主人の人別にむすひこれあるところ、いま夫を離れぬれば有付くまでは何れの町村にありとも離れものにて、全体旅人の心なり、左れども帰るべき郷里もなければとも申し難し、たゞ浪人と立てゝ何方に在りとも店賃のさばきなるべし、親類近付の請判にて差置くこと、別に当時の仕方と替りあるまじ、道心者と申すもの頭も之なく締りなき者なり、されども是亦精くは孤独のたぐひにて、畢竟究民のなるものなれば詮方もなし、剃髪の師の付け届けを以て之も常の店持同然なるべし、寺方の隠居旅僧のたぐひは寺社門前に限り差置くべきなり、
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『政談』戶籍の事戸籍と云ふは先づは人別帳のことなり、されども今の代の人別帳のごときにはあらず、今代の人別帳は真の人別帳にあらず、着到帳の類なり、人別帳と云ふは其の村ところの家別に記して、其の家々の亭主を初め家内の人数を譜代のものまで残らず之れを記し、媳取れは之を記し、養子をすれば之を記し、媳に他へ行けば之を除き、子生るれば年月日之を記し、死すれば何月いく日に死すと之を記し、又出家なとすれば其の仔細を記して之を除き、其の師の寺の人別帳に之を載せ、出替り奉公人をば之を載せず、是は其の者の出所の人別帳にある故なり、名を妄りに替ることならず、年も生るゝとき記する故偽りを云ふことならず、武家もこの通りなり、寺も同じ、但し他所の寺の弟子来りてその寺に暫く居るは之を載せず、着到帳と云ふは勤番交代の帳、又は軍中にて之あることなり、是はたゞ当分のある人を記することなり、檀林へあつまる僧も、他所より来る旅人も人別帳は本在所本寺にある故、旅の先にては皆着到帳なるべし、その村所の人他所へゆきて逗留するも終には帰るもの故、人別帳に之を除かざるなり、
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『政談』戶籍の事民は愚かなるものにて後の量見なともなく、御城下渡世悪く成りても一日暮しの心安くなるは御城下なる故、そのくせ付きて一日々々と送り、御城下を離れて古郷へ返る心は曽て生せす、又御城下に年久しく居る内に少々の田地もなくなり、己れか屋敷にも人住めは自分とかへるへきやうなし、公儀より返さんと仕玉ひても逐ひ出さるゝと思ひて怨むる心甚しかるへけれは、諸国の聞えも悪しく不仁なるやうに沙汰すへし、惣して地頭と云ふものはその地を治むる職なり、三代の諸侯後世の郡守県令と同しことなり、三代のときも国中の民他国へゆきて減少するを諸侯の恥とす、異国の後の代々日本の古もその治むる国郡の民の增減を吟味して、民の数增せは治めよきにさだめ、減すれは治め悪きに沙汰し、之を以て国司郡守を賞罰すること異国歴代の諸書、日本にては令のをもて分明なり、此の趣を諸大名諸地頭へ仰せ渡され、面々年貢をとるはかりを役に非す、土地を御預けなされ、その土地の民を御預け置るゝ上は、民の其の所に住兼ね他国へ散り行くやうには仕る間敷きことなり、連々と人かへしを仕り、面々其の所に有りつくやうに仕るへきことなりと屹度度々仰せ渡さるへきことなり、
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『政談』戶籍の事そればかりに非ず、人に郷里と云ふもの定まる故親類も近所にこれあり、幼少よりの友だちも満ち〳〵たり、自然と親類友だちの前を思ひて悪事はせぬものなり、一町一村の内にて名主の知らぬ人なし、一町一村の人相互に先規よりしり、幼少よりしる、善悪ともに明かに知るゝことなる上に、五人組の法を以て吟味するとき何ごとも隠くれ家曽て之なき事なり、当時も人別帳もあり、名主もあり、五人組もあれども、店換を自由にし、他国へも自由にゆき、又他国より来たりて其の所に住むこと自由なれば、日本国中の人入り乱れ混乱し、何方も〳〵皆しばしの住所と云ふものになり、人に永久の心なし、隣に搆はす、隣よりもこの方へ搆はず、其人の本を知らねば知らぬと云ふにて何もすむなり、先をも知らねば始終は名主を初め我が苦にはせぬ故、人々めん々こうになり心まゝなり、畢竟当分のある人を人別帳に付けたるまでにて、より〳〵にぬきさしを仕置くこと故、人別帳も何の詮もこれなきことなり、
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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