政談 / 戶籍の事
そればかりに非ず、人に鄕里と云ふもの定まる故親類も近所にこれあり、幼少よりの友だちも滿ち〳〵たり、自然と親類友だちの前を思ひて惡事はせぬものなり、一町一村の内にて名主の知らぬ人なし、一町一村の人相互に先規よりしり、幼少よりしる、善惡ともに明かに知るゝことなる上に、五人組の法を以て吟味するとき何ごとも隱くれ家曾て之なき事なり、當時も人別帳もあり、名主もあり、五人組もあれども、店換を自由にし、他國へも自由にゆき、又他國より來たりて其の所に住むこと自由なれば、日本國中の人入り亂れ混亂し、何方も〳〵皆しばしの住所と云ふものになり、人に永久の心なし、隣に搆はす、隣よりもこの方へ搆はず、其人の本を知らねば知らぬと云ふにて何もすむなり、先をも知らねば始終は名主を初め我が苦にはせぬ故、人々めん々こうになり心まゝなり、畢竟當分のある人を人別帳に付けたるまでにて、より〳〵にぬきさしを仕置くこと故、人別帳も何の詮もこれなきことなり、
新字:そればかりに非ず、人に郷里と云ふもの定まる故親類も近所にこれあり、幼少よりの友だちも満ち〳〵たり、自然と親類友だちの前を思ひて悪事はせぬものなり、一町一村の内にて名主の知らぬ人なし、一町一村の人相互に先規よりしり、幼少よりしる、善悪ともに明かに知るゝことなる上に、五人組の法を以て吟味するとき何ごとも隠くれ家曽て之なき事なり、当時も人別帳もあり、名主もあり、五人組もあれども、店換を自由にし、他国へも自由にゆき、又他国より来たりて其の所に住むこと自由なれば、日本国中の人入り乱れ混乱し、何方も〳〵皆しばしの住所と云ふものになり、人に永久の心なし、隣に搆はす、隣よりもこの方へ搆はず、其人の本を知らねば知らぬと云ふにて何もすむなり、先をも知らねば始終は名主を初め我が苦にはせぬ故、人々めん々こうになり心まゝなり、畢竟当分のある人を人別帳に付けたるまでにて、より〳〵にぬきさしを仕置くこと故、人別帳も何の詮もこれなきことなり、
書き下し
そればかりに非ず、人に郷里と云ふもの定まる故親類も近所にこれあり、幼少よりの友だちも満ち〳〵たり、自然と親類友だちの前を思ひて悪事はせぬものなり、一町一村の内にて名主の知らぬ人なし、一町一村の人相互に先規よりしり、幼少よりしる、善悪ともに明かに知るゝことなる上に、五人組の法を以て吟味するとき何ごとも隠くれ家曽て之なき事なり、当時も人別帳もあり、名主もあり、五人組もあれども、店換を自由にし、他国へも自由にゆき、又他国より来たりて其の所に住むこと自由なれば、日本国中の人入り乱れ混乱し、何方も〳〵皆しばしの住所と云ふものになり、人に永久の心なし、隣に搆はす、隣よりもこの方へ搆はず、其人の本を知らねば知らぬと云ふにて何もすむなり、先をも知らねば始終は名主を初め我が苦にはせぬ故、人々めん々こうになり心まゝなり、畢竟当分のある人を人別帳に付けたるまでにて、より〳〵にぬきさしを仕置くこと故、人別帳も何の詮もこれなきことなり、
現代語訳
それだけではない。人に郷里というものが定まるので、親類も近所にあり、幼少からの友だちも大勢いる。自然と親類や友だちの手前を思って悪事はしないものである。一町一村の内で名主の知らない人はいない。一町一村の人は互いに先代から知り、幼少から知っている。善も悪も明らかに知れるうえに、五人組の法で吟味するときは、何事も隠れ家はまったくないのである。今も人別帳もあり、名主もあり、五人組もあるけれども、店替えを自由にし、他国へも自由に行き、また他国から来てその土地に住むことも自由なので、日本国中の人が入り乱れて混乱し、どこもかしこもみな、しばらくの住まいというものになり、人に永久の心がない。隣にかまわず、隣からもこちらへかまわない。その人の素性を知らなければ、知らないというだけで何もかも済む。先のことも知らないので、始終、名主をはじめとして自分の苦にはしないから、人々が各自勝手になり、心のままである。結局は当座にいる人を人別帳に付けたまでで、そのつど抜き差しをしておくので、人別帳も何の甲斐もないのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『呻吟語』内篇・修身・鄉に縉紳有るは鄉の殃なり古は鄉に縉紳有れば、家邦其の庇蔭を受け、士民視て準繩と為す。今や鄉に縉紳有れば、家邦に陵奪勞費の憂ひを增し、士民に奢靡浮薄の俗を開く。然らば則ち鄉に縉紳有るは、鄉の殃なり、風教の蠹なり。吾が黨自ら愧ぢ自ら恨む可きなり。
-
『家道訓』巻之六・用財下一おごりてほしいままなる人は、三年に用ふる財を一年につひやし尽くす。たとへば無養生なる人、慾をほしいままにすれば、百年の元気を一時にへらして、身を失ふが如し。一山谷が詩に曰く、深く鄰里を煩はさんことを念ひ、窮を忍びて貸除を禁ず。此詩の意は、人の財を借り、人の物をおぎのり買ひて返さざれば、我が郷里人のわづらひとなるをふかく思案して、身の艱難をこらへて、人の財を借らず人の物をおぎのらずといへる意なり。家を治むるの道かくの如くすべし。財を貸したる者、物を売りし者のうれひうらみをおもひはかるべし。むかしの人は、家まどしけれど、艱難をこらへて、我がもてる家財を以て家をすぐして、人の財をからず。故に今時の如く、人ごとにまどしきうれひなし。或は小禄の人も、財のたくはへありて、不慮の時の変にそなへしなり。今の人はおごりつひやして、必ず家財不足す。時の風俗にならひて、当時の慾をほしいままにして、後のうれひをおもんぱからざるなり。
-
『政談』戶籍の事かくの如く法を立てかゆるときは、右云ふ如く何もかも隠れ家なきのみならず、一町一村の人は相互に自然となじみ付き、若悪きことをば相互に異見を云ひ、云はるれば異見をきかぬこともならず、又相互に見離さず、交りねんごろなり、此の上に奉行治めの筋に心を入れ、名主に打任せてよく下知すれば一町一村の内相互に睦しく、風俗自然に直り、悪人は自然と出ぬこと古聖人の治め斯の如し、井田を直道の本と云ふも実は此の事なるを、たゞ田地を碁盤格子の如くする算用あひのことのやうに心得るは大なる誤りなり、
-
『酔古堂剣掃』集素・古今我は陶元亮を愛す古今我は陶元亮を愛し、鄉里の人は馬少游と稱す。
-
『囲炉夜話』第二百十三則・鄉鄰の為に紛爭を解く鄉鄰の為に紛爭を解き、和好すること初めの如くならしむるは、即ち人を化するの事なり。 世俗の為に因果を談じ、報應の爽はざるを知らしむるも、亦た善を勸むるの方なり。
-
尚書・盤庚上人は惟れ旧きを求め、器は旧きを求むるに非ず、惟れ新しきを求む。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る