政談 / 路引の事
さて路引と云ことは惣して旅人道中の切手なり、右の戶籍にて世界中の人の在所極まる故、他所の人紛れ入るへきやう日本國中に曾てなけれとも、道中を徃來する間にしるしなけれは私かに諸國へ迯てゆく氣遣あり、古三代のときは諸侯の國々に關所ありて、關所を越ゆるには繻と云もの有りて之を證據にす、日本の古も關所國々に在り、三關國を始めとして國々に關有る故、和歌の名所にも關の名夥し、關所を通るには過所と云ふ切手あり、今も京に過所船と云ふことあるは、元來過所を渡し置きて關所の徃來を自由にさせたる船を云ふか、今は船の名となれり、
新字:さて路引と云ことは惣して旅人道中の切手なり、右の戸籍にて世界中の人の在所極まる故、他所の人紛れ入るへきやう日本国中に曽てなけれとも、道中を往来する間にしるしなけれは私かに諸国へ迯てゆく気遣あり、古三代のときは諸侯の国々に関所ありて、関所を越ゆるには繻と云もの有りて之を証拠にす、日本の古も関所国々に在り、三関国を始めとして国々に関有る故、和歌の名所にも関の名夥し、関所を通るには過所と云ふ切手あり、今も京に過所船と云ふことあるは、元来過所を渡し置きて関所の往来を自由にさせたる船を云ふか、今は船の名となれり、
書き下し
さて路引と云ことは惣して旅人道中の切手なり、右の戸籍にて世界中の人の在所極まる故、他所の人紛れ入るへきやう日本国中に曽てなけれとも、道中を往来する間にしるしなけれは私かに諸国へ迯てゆく気遣あり、古三代のときは諸侯の国々に関所ありて、関所を越ゆるには繻と云もの有りて之を証拠にす、日本の古も関所国々に在り、三関国を始めとして国々に関有る故、和歌の名所にも関の名夥し、関所を通るには過所と云ふ切手あり、今も京に過所船と云ふことあるは、元来過所を渡し置きて関所の往来を自由にさせたる船を云ふか、今は船の名となれり、
現代語訳
さて路引ということは、総じて旅人の道中の切手(通行証)である。右の戸籍によって世の中の人の在所が決まるので、他所の人が紛れ込むことは日本国中にまったくないけれども、道中を往来する間に印がなければ、ひそかに諸国へ逃げてゆく心配がある。古の三代のときは諸侯の国々に関所があって、関所を越えるには繻(じゅ、割符の布)というものがあり、これを証拠とした。日本の古も関所が国々にあった。三関国をはじめとして国々に関があったので、和歌の名所にも関の名がおびただしい。関所を通るには過所という切手があった。今も京に過所船ということがあるのは、もともと過所を渡しておいて関所の往来を自由にさせた船をいうのだろうか。今は船の名となっている。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『政談』路引の事その宿々の近所の村々にては其近所の所と印鑑を交換し置く時は事済むなり、又江戸近隣の村々より江戸へ用達に来るものは出るときの為め計りなれば、名主より木札にても渡し置き証拠とすべし、諸大名の城下も右の通りなるべし、されば人本街道を通らずして脇道をすることは決してならぬなり、但し是皆戸籍の法を篤と定めたる上のことなり、斯の如く法を立てたるときは旅をすること余程不自由なるべし、当時は余り自由なれば害多きなり、当時箱根の切手も女切手の外は埓もなきことなり、但し戸籍の法さへ丈夫に立つときは先きの行きとまりなき故、此法はなくとも可なりに事済むべきか、
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『政談』路引の事この路引は明朝の法なり、明朝にて国境々々に関所ありて、切手を以て之を越ゆるなり、今之を用ひて御城下の周り田舎へ取り付所木戸を付け、番を置き入る人を搆はす、出つる人を路引を改むへし、出つる人の路引は武家屋敷ならは一町々々の肝煎の印、大名屋敷は一屋敷々々々の印、町は前に云ひたる奉行一支配の内名主を月替りにしてなりとも印を押さしむへし、尤も人数姓名荷物の品何方より何方まて通ると云ふことを記すへし、道中にては明朝の飛脚の法を以て一宿々々にて問屋のつき印をとるへし、然れは江戸はづれの番所にては印鑑を以て改むへし、道中宿にて最初の宿品川板橋千住のたくひは番所の印を見しり、夫より先きは誰々隣宿の印さへ見すれは事済むなり、右の印之なき人は決して宿す可らすと定むへし、
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『政談』旅人を其の所に留置締りの事若し他国より養子合はせの婿に来る者は先きの人別を除きて此の方の人別に入ることなれば、奉行所へ届くべし、総して右の旅人一泊りも隔りたる所より来らば路引あるべし、路引なきは差置くべからざるなり、又添状を請けたるもの又添状を出だして先きより先きに之を遣はすべからず、本在所の添状に其の訳頼み来らば苦しからず、先きにて三年の年数過ぎたらば本在所より添状を請けたる所にて之を差置くべからず、本在所にても所を出でゝ三年の年数過ぎは奉行所へ届くべきなり、斯の如く法を立つることは日本国中の人を江戸も田舎も皆所を定めて是はいづくの人と云ふことを極むる仕方なり、されば子孫まで永々其の所に住して当時のことく他国と混乱させす、自由に他国の人となることを禁制するとき、日本国中の人皆所を定めて其の所の土になりつく故、人たるものに皆頭支配ありて離れものと云ふものは一人もなく、是に依りて紛れ者と云ふは曽て之なき也、
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『政談』旅人を其の所に留置締りの事旅人は其の人の本在所より縁故を以て添状を持ち来らば名主へ断り置くべし、親類近付ならば添状に及ばず、名主へ断り置くべし、何れも其の在所を出るときも其の所の名主へ断るべし、事ある時は添状あるは添状を出したる人の科になり、添状なきは相対なる故其の旅人を請たる者の科になることなれば、名主委細の詮議に及ばず聴届くべきなり、其旅人商人なとにて暫く店を持ことならば、其添状を請たるものより請判をすべし、何れも他国逗留三年を過ぐべからず、人旅人に妻を持すること有べからず、人の古郷を離れて他国の人となることは道先きにて身上を固むる故なり、この二色は名主の世話にして堅く禁ずべし、
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『政談』出替り奉公人の締りの事昔は法未熟なれとも武風盛なる故当時の如くは無かりしを、世次第に移りゆきて風俗かはり武風薄くなりたる故、古の如く不埓の次第なりとて今さら武風を烈しく昔しのことくせんとしたりとも太平久しければ諸事の釣合ひむかしにたがひたる故、むかしに返へるべきにあらず、かへりて治めの害となるべし、殊に昔しとても法未熟なる故行き届かざることゝもなり、当時の仕方は治めの根本にかへり、矢張柔かなる風俗の上にて古を考へ法を立て直すに如くはなし、治めの根本にかへりて法を立て直すと云は、三代の古も異国の近世も又我が国の古も治めの根本は兎角人を地に付るやうにすること是治めの根本なり、人を地に付たる仕方と云ふは戸籍路引の二つなり、是にて世界の紛れものなどのみならず、これにて世界の人にしめくゝりを付たる故、世界の万民悉く上の御手に入りて上の御心儘になる仕方なり、この仕方なき時は日本国中の人をうちゝらしに仕置きて、心儘にめん々こうにはたらかする故、悉く上の御手には入らぬことなり、されは世界の万民を手に入るゝと手に入れざるとはちかひはこれある故これ治めの根本なりと知るべし、
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『政談』海路の締りの事右の外に海路の締りのこと、これは某海路不功者なれは詳に云ひ難し、異国の法は舟の拵へに大小長短の法を定め、舟の数を極め舟に積む貨物の法を立て、舟を掛る所に水駅と云ふことを立て、玆にて舟を着かせて吟味をするなり、尚又処々の海路に巡撿属と云ふ官を設けて盗賊非常を吟味するなり、武家を知行所に置きたらん上は此様なる吟味は如何様にもなるへきなり、当時は軽き手代類のものか所々にて吟味する事なる故私曲のみ多し、舟にては一時千里を走るものにて、日本は海路なれは海路へ最も念を入るへきなり、薩摩より伊豆のはて迄二日に来ると云ふことの外に秘することなり、
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