政談 / 戶籍の事
戶籍と云ふは先づは人別帳のことなり、されども今の代の人別帳のごときにはあらず、今代の人別帳は眞の人別帳にあらず、着到帳の類なり、人別帳と云ふは其の村ところの家別に記して、其の家々の亭主を初め家內の人數を譜代のものまで殘らず之れを記し、媳取れは之を記し、養子をすれば之を記し、媳に他へ行けば之を除き、子生るれば年月日之を記し、死すれば何月いく日に死すと之を記し、又出家なとすれば其の仔細を記して之を除き、其の師の寺の人別帳に之を載せ、出替り奉公人をば之を載せず、是は其の者の出所の人別帳にある故なり、名を妄りに替ることならず、年も生るゝとき記する故僞りを云ふことならず、武家もこの通りなり、寺も同じ、但し他所の寺の弟子來りてその寺に暫く居るは之を載せず、着到帳と云ふは勤番交代の帳、又は軍中にて之あることなり、是はたゞ當分のある人を記することなり、檀林へあつまる僧も、他所より來る旅人も人別帳は本在所本寺にある故、旅の先にては皆着到帳なるべし、その村所の人他所へゆきて逗留するも終には歸るもの故、人別帳に之を除かざるなり、
新字:戸籍と云ふは先づは人別帳のことなり、されども今の代の人別帳のごときにはあらず、今代の人別帳は真の人別帳にあらず、着到帳の類なり、人別帳と云ふは其の村ところの家別に記して、其の家々の亭主を初め家内の人数を譜代のものまで残らず之れを記し、媳取れは之を記し、養子をすれば之を記し、媳に他へ行けば之を除き、子生るれば年月日之を記し、死すれば何月いく日に死すと之を記し、又出家なとすれば其の仔細を記して之を除き、其の師の寺の人別帳に之を載せ、出替り奉公人をば之を載せず、是は其の者の出所の人別帳にある故なり、名を妄りに替ることならず、年も生るゝとき記する故偽りを云ふことならず、武家もこの通りなり、寺も同じ、但し他所の寺の弟子来りてその寺に暫く居るは之を載せず、着到帳と云ふは勤番交代の帳、又は軍中にて之あることなり、是はたゞ当分のある人を記することなり、檀林へあつまる僧も、他所より来る旅人も人別帳は本在所本寺にある故、旅の先にては皆着到帳なるべし、その村所の人他所へゆきて逗留するも終には帰るもの故、人別帳に之を除かざるなり、
書き下し
戸籍と云ふは先づは人別帳のことなり、されども今の代の人別帳のごときにはあらず、今代の人別帳は真の人別帳にあらず、着到帳の類なり、人別帳と云ふは其の村ところの家別に記して、其の家々の亭主を初め家内の人数を譜代のものまで残らず之れを記し、媳取れは之を記し、養子をすれば之を記し、媳に他へ行けば之を除き、子生るれば年月日之を記し、死すれば何月いく日に死すと之を記し、又出家なとすれば其の仔細を記して之を除き、其の師の寺の人別帳に之を載せ、出替り奉公人をば之を載せず、是は其の者の出所の人別帳にある故なり、名を妄りに替ることならず、年も生るゝとき記する故偽りを云ふことならず、武家もこの通りなり、寺も同じ、但し他所の寺の弟子来りてその寺に暫く居るは之を載せず、着到帳と云ふは勤番交代の帳、又は軍中にて之あることなり、是はたゞ当分のある人を記することなり、檀林へあつまる僧も、他所より来る旅人も人別帳は本在所本寺にある故、旅の先にては皆着到帳なるべし、その村所の人他所へゆきて逗留するも終には帰るもの故、人別帳に之を除かざるなり、
現代語訳
戸籍というのは、まずは人別帳のことである。けれども今の世の人別帳のようなものではない。今の世の人別帳は真の人別帳ではなく、着到帳(その場にいる者の名簿)の類である。人別帳というのは、その村や町の家ごとに記して、その家々の亭主をはじめ家内の人数を、譜代の奉公人まで残らず記し、嫁を取ればこれを記し、養子をすればこれを記し、嫁に他へ行けばこれを除き、子が生まれれば年月日を記し、死ねば何月幾日に死んだと記し、また出家などすればその事情を記してこれを除き、その師の寺の人別帳に載せる。出替り奉公人は載せない。これはその者の出所の人別帳にあるからである。名をみだりに替えることはできない。年も生まれたときに記すので偽りを言うことはできない。武家もこのとおりである。寺も同じである。ただし他所の寺の弟子が来てその寺にしばらくいるのは載せない。着到帳というのは、勤番交代の帳、または軍中にあるものである。これはただ当座にいる人を記すものである。檀林(学問寺)へ集まる僧も、他所から来る旅人も、人別帳は本来の在所・本寺にあるので、旅先ではみな着到帳であるべきである。その村や町の人が他所へ行って逗留しても、最後には帰るものなので、人別帳からこれを除かないのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『政談』戶籍の事そればかりに非ず、人に郷里と云ふもの定まる故親類も近所にこれあり、幼少よりの友だちも満ち〳〵たり、自然と親類友だちの前を思ひて悪事はせぬものなり、一町一村の内にて名主の知らぬ人なし、一町一村の人相互に先規よりしり、幼少よりしる、善悪ともに明かに知るゝことなる上に、五人組の法を以て吟味するとき何ごとも隠くれ家曽て之なき事なり、当時も人別帳もあり、名主もあり、五人組もあれども、店換を自由にし、他国へも自由にゆき、又他国より来たりて其の所に住むこと自由なれば、日本国中の人入り乱れ混乱し、何方も〳〵皆しばしの住所と云ふものになり、人に永久の心なし、隣に搆はす、隣よりもこの方へ搆はず、其人の本を知らねば知らぬと云ふにて何もすむなり、先をも知らねば始終は名主を初め我が苦にはせぬ故、人々めん々こうになり心まゝなり、畢竟当分のある人を人別帳に付けたるまでにて、より〳〵にぬきさしを仕置くこと故、人別帳も何の詮もこれなきことなり、
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『政談』戶籍の事右のごとくつもりあはせて御城下の人の戸籍を定めたる上にて、御城下の町に家持と店借とあり、家持は本百姓のごとし、店借は水のみ百姓のごとし、いつれもその町を永々子孫まての居住とさため、店借りも自由に他所に店をかゆることならぬやうにすること本式なり、御城下も能く治まり、郷里の交り睦しく、風俗も直りたる上にては、店賃のたゝまりなとは名主五人組の取扱ひにて如何やうにもなるへし、町中見離したる悪しき人ならは奉行所へ申し出てゝいかやうにもなるへけれは、本式の如く成るへけれとも、当分は先つは一町の内を妄りに出たさす、さては右に見えたる如くに江戸中を四つにも五つにも割りて奉行を別々に置き、こゝは奉行の一支配の内を限りて店かへをゆるすへし、家持も店借も何年何月幾日になかく御城下のたみたるへき旨仰せ渡さるゝと云ふことを人別帳に記し置き、さて店かへをせは何れの時より店をかへ来ると云ふことを年月日まて之を記し、勿論最初よりの名家名をあらたむることを堅く禁すへきことなり、
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『政談』浪人並に道心者締り等の事右の如く戸籍の法を立つるとき、人の品様々あるによりて差支あるべし、浪人と云ふもの元来は武家に奉公して、其の主人の人別にむすひこれあるところ、いま夫を離れぬれば有付くまでは何れの町村にありとも離れものにて、全体旅人の心なり、左れども帰るべき郷里もなければとも申し難し、たゞ浪人と立てゝ何方に在りとも店賃のさばきなるべし、親類近付の請判にて差置くこと、別に当時の仕方と替りあるまじ、道心者と申すもの頭も之なく締りなき者なり、されども是亦精くは孤独のたぐひにて、畢竟究民のなるものなれば詮方もなし、剃髪の師の付け届けを以て之も常の店持同然なるべし、寺方の隠居旅僧のたぐひは寺社門前に限り差置くべきなり、
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『政談』出替り奉公人の締りの事仮令その奉公人の主人のかたに差合これあり、名を付けかゆるとも手形には在所にて人別帳に載たる名をしるすへし、をなしくはさし合あるとて名を付けかゆることは天下一統禁制し、人々名を私にかゆることは天下一統罪に申し付べし、人別帳と云ふ物は至極に重きものにして天子も拝したまふ程のことなれば、微細のことまでもをちこれなきやうにすることなり、宗旨の事も元来其在所の人別帳に載てこれあるなれば、別に宗門手形に及はさることなり、宗門のあらためをあまり大切にするとて、受人より手形を取ることに仕たれども、それはあまり繁多なる故、受状に書載させ、江戸にて旦那寺を拵らへ、代々何宗とすること全体偽りなり、法を立んとて偽りを教ゆ、その偽りの手形を厳しく取りて宗門のあらためを大切にするふりをするは埓もなきことなり、
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『政談』戶籍の事民は愚かなるものにて後の量見なともなく、御城下渡世悪く成りても一日暮しの心安くなるは御城下なる故、そのくせ付きて一日々々と送り、御城下を離れて古郷へ返る心は曽て生せす、又御城下に年久しく居る内に少々の田地もなくなり、己れか屋敷にも人住めは自分とかへるへきやうなし、公儀より返さんと仕玉ひても逐ひ出さるゝと思ひて怨むる心甚しかるへけれは、諸国の聞えも悪しく不仁なるやうに沙汰すへし、惣して地頭と云ふものはその地を治むる職なり、三代の諸侯後世の郡守県令と同しことなり、三代のときも国中の民他国へゆきて減少するを諸侯の恥とす、異国の後の代々日本の古もその治むる国郡の民の增減を吟味して、民の数增せは治めよきにさだめ、減すれは治め悪きに沙汰し、之を以て国司郡守を賞罰すること異国歴代の諸書、日本にては令のをもて分明なり、此の趣を諸大名諸地頭へ仰せ渡され、面々年貢をとるはかりを役に非す、土地を御預けなされ、その土地の民を御預け置るゝ上は、民の其の所に住兼ね他国へ散り行くやうには仕る間敷きことなり、連々と人かへしを仕り、面々其の所に有りつくやうに仕るへきことなりと屹度度々仰せ渡さるへきことなり、
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『政談』旅人を其の所に留置締りの事若し他国より養子合はせの婿に来る者は先きの人別を除きて此の方の人別に入ることなれば、奉行所へ届くべし、総して右の旅人一泊りも隔りたる所より来らば路引あるべし、路引なきは差置くべからざるなり、又添状を請けたるもの又添状を出だして先きより先きに之を遣はすべからず、本在所の添状に其の訳頼み来らば苦しからず、先きにて三年の年数過ぎたらば本在所より添状を請けたる所にて之を差置くべからず、本在所にても所を出でゝ三年の年数過ぎは奉行所へ届くべきなり、斯の如く法を立つることは日本国中の人を江戸も田舎も皆所を定めて是はいづくの人と云ふことを極むる仕方なり、されば子孫まで永々其の所に住して当時のことく他国と混乱させす、自由に他国の人となることを禁制するとき、日本国中の人皆所を定めて其の所の土になりつく故、人たるものに皆頭支配ありて離れものと云ふものは一人もなく、是に依りて紛れ者と云ふは曽て之なき也、
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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