政談 / 江戶町中並に武家屋敷の締りの事
斯の如くして組の仕立て仕こみを得せぬ人は頭にすべき器量にあらず、斯の如くせずしては誰を頭にしてもとくと仕たるくみのとりさばきは曾てならぬことなり、されども左樣に屋敷を割直して頭迄を一所に置くことはたいそうなることにて急にはなるまじ、せめては一町に肝煎を立て諸事を役儀にかまはず取扱はするやうに仕たきことなり、總して鄕里は和睦するを善とす、當時の風俗の如くめん〳〵にきみかまを立てゝ、めん〳〵こうなることにては博奕三かさ等の詮議もならず、後目養子等のいつはりも吟味ならず、身もち家もちの惡しきも知らず、少身の留守は人少くなゝるに火災盜賊下々の嘩喧等の節とりしつむる人もなく、甚だ不勝手なることなり、右の如く法を立てかゆるときは碁盤の目を盛るが如し、其の上にては碁はいかやうにもうたるべきなり、さなくて御旗本武家の風俗を直すことは决してしかたきなり、かくの如くするときは我儘に自由に仕なれたる風俗なる故、當分は不自由なることに思ひ難義がる人多く、われより差支も有るべけれども、後々は御城下靜まりて能く治るべき也、
新字:斯の如くして組の仕立て仕こみを得せぬ人は頭にすべき器量にあらず、斯の如くせずしては誰を頭にしてもとくと仕たるくみのとりさばきは曽てならぬことなり、されども左様に屋敷を割直して頭迄を一所に置くことはたいそうなることにて急にはなるまじ、せめては一町に肝煎を立て諸事を役儀にかまはず取扱はするやうに仕たきことなり、総して郷里は和睦するを善とす、当時の風俗の如くめん〳〵にきみかまを立てゝ、めん〳〵こうなることにては博奕三かさ等の詮議もならず、後目養子等のいつはりも吟味ならず、身もち家もちの悪しきも知らず、少身の留守は人少くなゝるに火災盗賊下々の嘩喧等の節とりしつむる人もなく、甚だ不勝手なることなり、右の如く法を立てかゆるときは碁盤の目を盛るが如し、其の上にては碁はいかやうにもうたるべきなり、さなくて御旗本武家の風俗を直すことは決してしかたきなり、かくの如くするときは我儘に自由に仕なれたる風俗なる故、当分は不自由なることに思ひ難義がる人多く、われより差支も有るべけれども、後々は御城下静まりて能く治るべき也、
書き下し
斯の如くして組の仕立て仕こみを得せぬ人は頭にすべき器量にあらず、斯の如くせずしては誰を頭にしてもとくと仕たるくみのとりさばきは曽てならぬことなり、されども左様に屋敷を割直して頭迄を一所に置くことはたいそうなることにて急にはなるまじ、せめては一町に肝煎を立て諸事を役儀にかまはず取扱はするやうに仕たきことなり、総して郷里は和睦するを善とす、当時の風俗の如くめん〳〵にきみかまを立てゝ、めん〳〵こうなることにては博奕三かさ等の詮議もならず、後目養子等のいつはりも吟味ならず、身もち家もちの悪しきも知らず、少身の留守は人少くなゝるに火災盗賊下々の嘩喧等の節とりしつむる人もなく、甚だ不勝手なることなり、右の如く法を立てかゆるときは碁盤の目を盛るが如し、其の上にては碁はいかやうにもうたるべきなり、さなくて御旗本武家の風俗を直すことは決してしかたきなり、かくの如くするときは我儘に自由に仕なれたる風俗なる故、当分は不自由なることに思ひ難義がる人多く、われより差支も有るべけれども、後々は御城下静まりて能く治るべき也、
現代語訳
このようにして、組の仕立てや仕込みのできない人は、頭にすべき器量ではない。このようにしなければ、誰を頭にしても、しっかりとした組の取りさばきは決してできない。けれども、そのように屋敷を割り直して頭までを一所に置くことは大掛かりなことで、急にはできないだろう。せめては一町に肝煎を立て、諸事を役目にかかわらず取り扱わせるようにしたいものである。総じて郷里は和睦するのを善しとする。今の風俗のように各自が自分の構えを立てて、各自勝手にしていては、博奕・三笠付けなどの詮議もできず、跡目・養子などの偽りも吟味できず、身持ち・家持ちの悪いのも知れず、小身の者の留守は人が少なくなるので、火災・盗賊・下々の喧嘩などの折に取り鎮める人もなく、はなはだ不都合なことである。右のように法を立て替えるときは、碁盤の目を盛るようなものである。そのうえでなら碁はどのようにも打てるのである。そうでなくては、御旗本・武家の風俗を直すことは決してできない。このようにすれば、我がままに自由にし慣れた風俗なので、当分は不自由なことと思い、難儀がる人が多く、自然と差し支えもあるだろうが、後々は御城下が静まってよく治まるだろう。
解説
この章句が説くこと
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