酔古堂剣掃 / 集峭・人に短有るは長を見はす所以
有作用者,器宇定是不凡;有受用者,才情決然不露。夫人有短,所以見長。
書き下し
作用有る者は、器宇定めて是れ凡ならず、受用有る者は、才情決然として露はれず。夫れ人に短有り、長を見はす所以なり。
現代語訳
大きな働きのできる人は、器量がきっと並外れていますし、身に得たものを本当に味わっている人は、才能や情趣を決して表に出しません。そもそも人に短所があるのは、それによって長所を際立たせるためなのです。
解説
本当の実力者の姿と、短所の意味を述べた一則です。作用は働き、実際に物事を動かす力、器宇は器量や度量のことです。受用は、学んだものや得たものを自分のものとして味わい生かすことをいいます。本当に力のある人ほど、それを見せびらかさず内に秘めているというのは、東洋の人物観に共通する考えです。最後の一句は、短所があるからこそ長所が見えるのだと、欠点を肯定的にとらえています。完璧な人はかえって印象に残らないものです。自分の短所を嘆くより、それが長所を引き立てていると考えれば、自分をもっと大らかに受け入れられるでしょう。
この章句が説くこと
器量謙虚長短修身見識
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