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政談 / 江戶町中並に武家屋敷の締りの事

されども夫れよりは上の御政務の筋も移り行き、奉行にも勘解由如き人抦少なく、物ごとに審かに念を入る風になる故、右の如き少なき人數にては、江戶中には引張り足らぬなり、其の上和漢の古法に考ふるに、盜賊惡人を搦め取るは衛士の役なり、當時の與力同心是なり、されども衛士の方にて刑罰を執行ふと云ふことは、和漢の古制に之なきことなり、仔細は刑罰の權その手にありと見れば、賄賂を出して罪を免かれんとすること民の常の情なり、故に衞士は搦らめ取るばかりを役にして、之れを外の刑罰を掌どる役人に渡して、其の役人の方にて咎を糺し殺しも赦しもする事なり、然かるに當時盜賊奉行の方にて、刑罰をすること是れ元來の仕方古法に違ひたるなり、其の上江戶中の武家町方に隱れ居る惡人を知るべきやうなきゆゑ、目あかしとやらん云ふやうなる惡人を圍ひ置きて、夫れにさゝせて御奉公をするより外の仕かたなし、其さし口をするもの元來惡人なれば、さま〳〵の惡事をすること是れ亦兼て能く知れたる筋なれども、元來の仕方行屆かざるを改めずして、役儀を仰せ付らるゝ故、御役儀をうけ玉はる人も仕方に困りて斯の如し、

新字:されども夫れよりは上の御政務の筋も移り行き、奉行にも勘解由如き人抦少なく、物ごとに審かに念を入る風になる故、右の如き少なき人数にては、江戸中には引張り足らぬなり、其の上和漢の古法に考ふるに、盗賊悪人を搦め取るは衛士の役なり、当時の与力同心是なり、されども衛士の方にて刑罰を執行ふと云ふことは、和漢の古制に之なきことなり、仔細は刑罰の権その手にありと見れば、賄賂を出して罪を免かれんとすること民の常の情なり、故に衛士は搦らめ取るばかりを役にして、之れを外の刑罰を掌どる役人に渡して、其の役人の方にて咎を糺し殺しも赦しもする事なり、然かるに当時盗賊奉行の方にて、刑罰をすること是れ元来の仕方古法に違ひたるなり、其の上江戸中の武家町方に隠れ居る悪人を知るべきやうなきゆゑ、目あかしとやらん云ふやうなる悪人を囲ひ置きて、夫れにさゝせて御奉公をするより外の仕かたなし、其さし口をするもの元来悪人なれば、さま〳〵の悪事をすること是れ亦兼て能く知れたる筋なれども、元来の仕方行届かざるを改めずして、役儀を仰せ付らるゝ故、御役儀をうけ玉はる人も仕方に困りて斯の如し、

書き下し

されども夫れよりは上の御政務の筋も移り行き、奉行にも勘解由如き人抦少なく、物ごとに審かに念を入る風になる故、右の如き少なき人数にては、江戸中には引張り足らぬなり、其の上和漢の古法に考ふるに、盗賊悪人を搦め取るは衛士の役なり、当時の与力同心是なり、されども衛士の方にて刑罰を執行ふと云ふことは、和漢の古制に之なきことなり、仔細は刑罰の権その手にありと見れば、賄賂を出して罪を免かれんとすること民の常の情なり、故に衛士は搦らめ取るばかりを役にして、之れを外の刑罰を掌どる役人に渡して、其の役人の方にて咎を糺し殺しも赦しもする事なり、然かるに当時盗賊奉行の方にて、刑罰をすること是れ元来の仕方古法に違ひたるなり、其の上江戸中の武家町方に隠れ居る悪人を知るべきやうなきゆゑ、目あかしとやらん云ふやうなる悪人を囲ひ置きて、夫れにさゝせて御奉公をするより外の仕かたなし、其さし口をするもの元来悪人なれば、さま〳〵の悪事をすること是れ亦兼て能く知れたる筋なれども、元来の仕方行届かざるを改めずして、役儀を仰せ付らるゝ故、御役儀をうけ玉はる人も仕方に困りて斯の如し、

現代語訳

けれどもそれ以後、お上のご政務の筋も移り変わり、奉行にも勘解由のような人柄の者は少なくなり、何事も詳しく念を入れる風になったので、先のような少ない人数では江戸中に手が回りきらないのである。そのうえ和漢の古法に照らすと、盗賊や悪人を捕らえるのは衛士の役目であり、今の与力・同心がこれにあたる。しかし衛士の側で刑罰を執り行うということは、和漢の古い制度にはないことである。その理由は、刑罰の権限がその者の手にあると見れば、賄賂を出して罪を免れようとするのが民の常の情だからである。だから衛士は捕らえることだけを役目とし、捕らえた者を別の刑罰を司る役人に渡し、その役人の側で罪を糺して、殺すも赦すもするのである。ところが今は盗賊奉行の側で刑罰を行っている。これはもともとのやり方が古法に背いているのである。そのうえ江戸中の武家や町方に隠れている悪人を知るすべがないので、目明かしとかいう悪人を抱えておき、それに密告させてご奉公するほかにやり方がない。その密告をする者はもともと悪人なので、さまざまな悪事をすることも、これまたかねてよく知られた筋である。けれども、もとのやり方が行き届かないのを改めずに役目を仰せつけられるので、そのお役目を承る人もやり方に困ってこのようになっている。

解説

ここで徂徠は権限分離の原則を説く。捕らえる役と裁く役を同じ者に持たせれば、賄賂で罪を逃れようとする民の常情が働き、腐敗は避けられない。だから古法は衛士に捕縛だけを任せ、刑罰は別の役人に渡した。さらに手が足りないため悪人の目明かしを使わざるを得ない現状も、担当者個人の落ち度ではなく制度の欠陥から来ると見る。人を責める前に仕組みを問うのが政談の一貫した姿勢である。監査と執行、発注と検収を分ける現代の内部統制も、まさにこの知恵の延長にある。

この章句が説くこと

権限分離刑罰賄賂古法内部統制

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