政談 / 江戶町中並に武家屋敷の締りの事
當時盜賊所々に押入て人を殺し、物を盜み、或は火を付け、或は夜中に人離れたる所に待掛け追剝をし、或ひは年若き浮氣なるものども、追剝にてはなく唯々刀を抜き人を追ひ走らかして慰にする類も之あり、並に弃て物のたぐひ知れがたし、或は弃ものあると呼ばゝれば家々騒ぎたち、人を出しそれ〳〵の屋敷前に弃てさせまじきとするばかりにて之を制する人無し、面々の塀の外は徃還の通なれば、支配する人なく、道奉行の支配なれども江戶中廣き通々を道奉行僅かの支配にて參り屆くべきやうなし、盜賊奉行火方の役儀なれども、夥しく廣き江戶中を僅か一組二組にては是亦參り屆くべきやうなし、中山勘解由などは嚴しき男にて、捕ふると直に殺したる故盜賊も靜りたり、是御入國初めの仕方、武威を以て威して、惡人の恐れて靜まる仕方にて、元より盜賊等を捕へ盡す仕方に非す、其餘風殘りて斯の如し、
新字:当時盗賊所々に押入て人を殺し、物を盗み、或は火を付け、或は夜中に人離れたる所に待掛け追剥をし、或ひは年若き浮気なるものども、追剥にてはなく唯々刀を抜き人を追ひ走らかして慰にする類も之あり、並に弃て物のたぐひ知れがたし、或は弃ものあると呼ばゝれば家々騒ぎたち、人を出しそれ〳〵の屋敷前に弃てさせまじきとするばかりにて之を制する人無し、面々の塀の外は往還の通なれば、支配する人なく、道奉行の支配なれども江戸中広き通々を道奉行僅かの支配にて参り届くべきやうなし、盗賊奉行火方の役儀なれども、夥しく広き江戸中を僅か一組二組にては是亦参り届くべきやうなし、中山勘解由などは厳しき男にて、捕ふると直に殺したる故盗賊も静りたり、是御入国初めの仕方、武威を以て威して、悪人の恐れて静まる仕方にて、元より盗賊等を捕へ尽す仕方に非す、其余風残りて斯の如し、
書き下し
当時盗賊所々に押入て人を殺し、物を盗み、或は火を付け、或は夜中に人離れたる所に待掛け追剥をし、或ひは年若き浮気なるものども、追剥にてはなく唯々刀を抜き人を追ひ走らかして慰にする類も之あり、並に弃て物のたぐひ知れがたし、或は弃ものあると呼ばゝれば家々騒ぎたち、人を出しそれ〳〵の屋敷前に弃てさせまじきとするばかりにて之を制する人無し、面々の塀の外は往還の通なれば、支配する人なく、道奉行の支配なれども江戸中広き通々を道奉行僅かの支配にて参り届くべきやうなし、盗賊奉行火方の役儀なれども、夥しく広き江戸中を僅か一組二組にては是亦参り届くべきやうなし、中山勘解由などは厳しき男にて、捕ふると直に殺したる故盗賊も静りたり、是御入国初めの仕方、武威を以て威して、悪人の恐れて静まる仕方にて、元より盗賊等を捕へ尽す仕方に非す、其余風残りて斯の如し、
現代語訳
いま盗賊があちこちに押し入って人を殺し、物を盗み、あるいは火をつけ、あるいは夜中に人気のない所で待ち伏せて追い剝ぎをする。また若い浮ついた者たちが、追い剝ぎではなく、ただ刀を抜いて人を追い回して慰みにする類もある。捨て物(捨て子や死体など)の類も数知れない。捨て物があると叫べば家々が騒ぎ立ち、人を出してそれぞれの屋敷の前に捨てさせないようにするばかりで、これを取り締まる人がいない。各家の塀の外は往来の道なので支配する人がなく、道奉行の支配ではあるが、広い江戸中の通りを道奉行のわずかな手勢で行き届かせられるはずがない。盗賊奉行(火付盗賊改)の役目ではあるが、おびただしく広い江戸中をわずか一組二組では、これもまた行き届くはずがない。中山勘解由などは厳しい男で、捕らえるとすぐに殺したので盗賊も静まった。これは入国の初めのやり方で、武威で脅して悪人が恐れて静まるやり方であって、もとより盗賊を捕らえ尽くすやり方ではない。その名残が今も残ってこのようである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『政談』國の締り一篇の發端の事総して国の治めと云ふは、譬へば碁盤の目を盛るが如し、目を盛らざる盤にては、何ほどの上手にても碁はうたれぬなり、洪水を静むるには、川筋を付るなり、川筋を付ざれば、禹王再び生れ出たまふとも、水を静むることは叶はざるなり、当時火災の事上の御世話にて塗屋土蔵造に成りたれば、火災自然と少なし、是明かなる証拠なり、其外の御政務には、此訳を申し立る人なきにや、是によりて和漢の古法を考へ愚案の量見を左に記す、
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『政談』右四册大意の事右四册の物語りに瑣細なるまでを記したることは、当時は法の立てやう未熟にて、大なる所に法立たず、末に計り法立ちてある故世界に締り無く、風俗ひたものに移り行き、今は法は法にて有りながら、下は下にて別々になりて、法も詮無きことに成りたることを知らせ奉らんためなり、当時のことなど見及び聞及びたる争などを少々書きたるは、定めて承はり違ひもあるべし、又愚按の違ひもあるべし、政治の道はひきつはなれたることにあらず、世の成行世界の全体を知し召すこと肝要なり、肝心の所は世界旅宿の境界なると、諸事の制度なきと、此二つに帰することなり、是によりて、戸籍を立て万民を住所に有付ると、町人百姓と武家と制度の差別を立ると、大名の家に制度を立ると御買上と云ことの之なきやうにすると、大体是にて世界はすぐなをり豊かに成るへし、
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『政談』諸色直段の事偖又用ゆるもの多き故に高直になる、此用ゆる者多きは制度なきより起れり、元来貴き人は善きものを用ひ、賤きものは悪きものを用ゆるときは、物各々其宜きを得るゆゑ諸色高直にはならぬを、今は賤き者まても善きものを用ゆると云は如何やうの事なれは、御城下に来集る民は素は田舎のものにて、麦粟種等の雑穀を食し、濁酒を飲み、味噌をも食せす、すくも火を焼き、麻木綿を織て着し、席薦の上に寝臥をしたるものか、心儘に御城下に来住する故、米味噌を食し、薪を焼き、炭の火にあたり、衣服も買整へて着し、善酒を飲み、田舎に之なき障子を立て、天井を張り、唐紙を張り、畳を敷き、蚊屋を釣るなとすることは、ぼていふりも皆斯の如し、少しも善き町人は衣服食事家居器物まても金さへあれは大名と同しことにて誰れ制する者なし、是諸物の用ゆる人多き故諸色の高直なること尤なり、
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尉繚子・制談此くの如くんば、戦ひ勝つと雖も国益々弱く、地を得るも国益々貧しきは、国中の制弊るるに由るなり。
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『墨子』尚同中子墨子曰く、方今の時の正長は、則ち本より古者と異なれり。之を譬うるに量るに五刑を以てするが若く然り。昔者、聖王は制して五刑を為り、以て天下を治む。有苗の五刑を制するに逮び至りては、以て天下を亂る。則ち此れ豈に刑の不善ならんや。刑を用うること則ち不善なるなり。是を以て先王の書、呂刑の道いて曰く、「苗民、練を用いず、折くに則ち刑し、唯だ五殺の刑を作り、法と曰う」と。則ち此れ善く刑を用うる者は以て民を治め、善く刑を用いざる者は以て五殺と為すを言う。則ち此れ豈に刑の不善ならんや。刑を用うること則ち不善なり、故に遂に以て五殺と為す。是を以て先王の書、術令の道いて曰く、「惟れ口は好を出だし戎を興す」と。則ち此れ善く口を用うる者は好を出だし、善く口を用いざる者は以て讒賊冦戎と為すを言う。則ち此れ豈に口の不善ならんや。口を用うること則ち不善なり、故に遂に以て䜛賊冦戎と為す。
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『政談』當時制度之なき事兼て制度を立てゝこれを安くするときは人々知る故分に過ぎたる奢りは自からなくて世上に費へなし、制度なければ上より奢りをするなと制し玉ふと云ふとも、是までが分相応にて是より上か奢りなりと云ふ「キツカケ」なけれはすへきやうなし、華美を好むは人情の常なる故制度なき故に世は次第に奢りに成行くなり、衣服の制度ある時は是は大名是は大役高官の人と云ふ事坐敷の上にても自から知るゝ故、人々貴きを敬ひ儀式自から乱れさるに、上一人より下は民までも何れも小袖を着上下を着ること同様にて、其衣服の地は金さへあれは何を着ても誰制する人なし、上下の見分けなき故高官大役の人下のものと別の立てやうなく、唯々いかつかましき体をして是にて高下を別のことに成り、我か身の君子の礼儀を失ふことをは知らず、御役人奉行なとの無礼甚しく、下たるものは礼に過ぎて這ひ屈み、諂ふ風俗甚しきも制度なきか故なり、
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