三十六計 / 第五套 並戰計・第廿七計・假痴不顛
寧偽作不知不為,不偽作假知妄為。靜不露機,雲雷屯也。 【按語】假作不知而實知,假作不為而實不可為,或將有所為。司馬懿之假病昏以誅曹爽,受巾幗假請命以老蜀兵,所以成功;姜維九伐中原,明知不可為而妄為之,則似癡矣,所以破滅。兵書曰:「故善戰者之勝也,無智名,無勇功。」當其機未發時,靜屯似癡;若假癲,則不但露機,則亂動而群疑。故假痴者勝,假癲者敗。或日:假痴可以對敵,並可以用兵。宋代,南俗尚鬼。狄青征儂智高時,大兵始出桂林之南,因佯祝曰:「勝負無以為據。」乃取百錢自持,與神約,果大捷,則投此錢盡錢面也。左右諫止,儻不如意,恐沮軍,青不聽。萬眾方聳視,已而揮手一擲,百錢旨面。於是舉兵歡呼,聲震林野,青亦大喜;顧左右,取百丁(釘)來,即隨錢疏密,布地而帖丁(釘)之,加以青紗籠,手自封焉。曰:「俟凱旋,當酬神取錢。」其後平邕州還師,如言取錢,幕府士大夫共祝視,乃兩面錢也。
新字:寧偽作不知不為,不偽作仮知妄為。静不露機,雲雷屯也。 【按語】仮作不知而実知,仮作不為而実不可為,或将有所為。司馬懿之仮病昏以誅曹爽,受巾幗仮請命以老蜀兵,所以成功;姜維九伐中原,明知不可為而妄為之,則似痴矣,所以破滅。兵書曰:「故善戦者之勝也,無智名,無勇功。」当其機未発時,静屯似痴;若仮癲,則不但露機,則乱動而群疑。故仮痴者勝,仮癲者敗。或日:仮痴可以対敵,並可以用兵。宋代,南俗尚鬼。狄青征儂智高時,大兵始出桂林之南,因佯祝曰:「勝負無以為拠。」乃取百銭自持,与神約,果大捷,則投此銭尽銭面也。左右諫止,儻不如意,恐沮軍,青不聴。万衆方聳視,已而揮手一擲,百銭旨面。於是舉兵歓呼,声震林野,青亦大喜;顧左右,取百丁(釘)来,即随銭疏密,布地而帖丁(釘)之,加以青紗籠,手自封焉。曰:「俟凱旋,当酬神取銭。」其後平邕州還師,如言取銭,幕府士大夫共祝視,乃両面銭也。
書き下し
寧ろ偽りて知らず為さざるを作すも、偽りて知り妄りに為すを作さず。静かにして機を露わさず、雲雷の屯なり。 【按語】知らざるを仮作して実は知り、為さざるを仮作して実は為すべからず、或いは将に為す所有らんとす。司馬懿の病昏を仮りて以て曹爽を誅し、巾幗を受けて請命を仮りて以て蜀兵を老いしむるは、成功する所以なり。姜維は九たび中原を伐ち、明らかに為すべからざるを知りて妄りに之を為せば、則ち癡に似たり、破滅する所以なり。兵書に曰く、「故に善く戦う者の勝つや、智名も無く、勇功も無し」と。其の機の未だ発せざる時に当たりては、静かに屯して癡に似たり。若し癲を仮れば、則ち但に機を露わすのみならず、則ち乱動して群疑す。故に痴を仮る者は勝ち、癲を仮る者は敗る。或いは曰く、痴を仮るは以て敵に対すべく、並びに以て兵を用うべし。宋代、南俗は鬼を尚ぶ。狄青の儂智高を征するとき、大兵始めて桂林の南に出づ、因りて佯りて祝りて曰く、「勝負は以て拠と為す無し」と。乃ち百銭を取りて自ら持し、神と約するに、果たして大捷ならば、則ち此の銭を投じて尽く銭面ならんと。左右諫め止む、儻し意の如くならざれば、恐らくは軍を沮まん、青は聴かず。万衆方に聳視す、已にして手を揮いて一たび擲てば、百銭皆面なり。是に於いて兵を挙げて歓呼し、声は林野を震わし、青も亦た大いに喜ぶ。左右を顧みて、百丁を取り来たらしめ、即ち銭の疎密に随いて、地に布きて之に丁を帖し、加うるに青紗の籠を以てし、手自ら之を封ず。曰く、「凱旋を俟ちて、当に神に酬いて銭を取るべし」と。其の後、邕州を平らげて師を還し、言の如く銭を取る、幕府の士大夫共に祝視するに、乃ち両面の銭なり。
現代語訳
むしろ、知らないふりや、しないふりはしても、知ったかぶりをして軽はずみに動いてはならない。静かに構えて機を表に出さない、雲と雷が立ち込めている屯の卦である。 【按語】知らないふりをして実は知っており、しないふりをして実はできない、あるいはこれから何かをしようとしているのです。司馬懿が病気で呆けたふりをして曹爽を誅したことや、女性の頭巾を贈られて辱められても出陣の許可を願うふりをして蜀軍を疲れさせたことは、成功した例です。姜維は九度中原を伐ち、明らかにできないと知りながら軽はずみにこれを行ったので、愚かに見え、それが破滅の理由でした。兵書に言います。「よく戦う者の勝ちには、知恵者という評判も、勇者としての功名もない」と。機がまだ発しないときには、静かに構えて愚かなふうに見えます。もし狂ったふりをすれば、機を表に出すだけでなく、乱れ動いて人々に疑われます。だから痴を装う者は勝ち、癲を装う者は敗れます。あるいは言います。痴を装うことは敵に対して使えるうえ、兵を用いることにも使える、と。宋代、南方の風俗では鬼神を尊びました。狄青が儂智高を征討するとき、大軍がようやく桂林の南に出ました。そこで祈るふりをして言いました。「勝敗にはあてになる証拠がない」と。そして百枚の銭を取って自ら持ち、神と約束して、もし大勝するなら、この銭を投げて全部表になるように、と言いました。左右の者は止めようとし、もし思うようにならなければ、軍の士気が落ちるでしょうと言いましたが、狄青は聞きませんでした。万の兵がじっと見守る中、ほどなく手を振って一度投げると、百枚の銭がみな表でした。そこで兵はみな歓呼し、声は林野を震わせ、狄青も大いに喜びました。左右を顧みて、百本の釘を取って来させ、銭の散らばりに従って地面に並べ、釘で銭を留め、青い紗の籠をかぶせて、自ら封をしました。「凱旋を待って、神に礼をして銭を取ろう」と言いました。その後、邕州を平定して軍を帰したとき、言葉どおり銭を取ると、幕僚や士大夫がみな祝って見たところ、それは両面とも表の銭でした。
解説
この章句が説くこと
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啓発録・振氣此気は生ある者にはみなある者にて、禽獣にさへこれありて、禽獣にても甚しく気の立たる時は、人を害し人を苦しむことありまして、人に於てをや。人の中にても士は一番此気強く有之故、世俗にこれを士気と唱へ、いかほど年若な者にても両刀を帯したる者に不礼を不致は、此士気に畏れ候事にて、其人の武芸や力量や位職のみに畏れ候にてはこれなし。
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