司馬法 / 用眾
書親絕,是謂絕顧之慮。
新字:書親絶,是謂絶顧之慮。
書き下し
親に書するを絶つ、是れを顧みるを絶つの慮と謂う。
現代語訳
(兵が)肉親に手紙を書くことを断たせる。これを、後ろを振り返る思いを断つはかりごとという。
解説
戦いに臨む兵の心を戦場に向けさせるための方策を並べた列の一つである。直前には、先に動けば疲れ、遅れれば怯え、休めば怠り、休まなければ疲れる、という戦いの難しさが述べられ、そのうえで兵の心を一つにする手立てが挙げられる。肉親への手紙を断たせれば、故郷を思う気持ちが断たれ、兵は目の前の戦いに集中する。孫子が兵を死地に置いて戦わせる九地篇の考えと通じるが、司馬法は手紙という具体的な形で示している。現代に置き換えれば、大事な局面では余計な情報や連絡を断ち、目の前の仕事に集中できる環境を整えることにあたる。ただし人の情を断つことには代償もあり、どこまで求めるかは慎重に考える必要がある。
関連する章句
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司馬法・用眾任を棄て食を節す、是れを人の意を開くと謂う。古よりの政なり。
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司馬法・用眾凡そ戦いは、先んずれば則ち弊(つか)れ、後るれば則ち懾(おそ)れ、息(いこ)えば則ち怠り、息わざるも亦弊れ、息うこと久しきも亦其の懾に反る。
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司馬法・用眾其の疑うを撃ち、其の卒(にわか)なるに加え、其の屈するを致し、其の規を襲い、其の避けざるに因り、其の図を阻み、其の慮を奪い、其の懼るるに乗ず。凡そ奔るを従(お)うには、息むこと勿かれ。敵人或いは止まりて路せざれば、則ち之を慮れ。凡そ敵の都に近づけば必ず進む路有り、退くには、必ず返る慮有り。
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司馬法・用眾凡そ戦いの道は、寡を用うるには固く、衆を用うるには治む。寡は煩に利あり、衆は正に利あり。衆を用うるには進止し、寡を用うるには進退す。衆以て寡に合えば、則ち遠く裹(つつ)みて之を闕(か)く。若し分かれて迭(たが)いに撃てば、寡以て衆を待つ。若し衆之を疑わば、則ち自ら之を用う。利を擅(ほしいまま)にせば、則ち旗を釈(す)て、迎えて之を反す。敵若し衆ければ則ち相聚まりて裹みを受く。敵若し寡く、若し畏るれば、則ち之を避けて之を開く。凡そ戦いは、風を背にし、高きを背にし、高きを右にし、険を左にし、沛(はい)を歴、圯(い)を歴、兼ねて舎(やど)るに亀を環らす。凡そ戦いは、設けて其の作(おこ)るを観、敵を視て挙ぐ。待つには則ち循いて鼓すること勿く、衆の作るを待つ。攻むるには則ち屯して之を伺う。凡そ戦いは、衆寡以て其の変を観、進退以て其の固きを観、
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司馬法・定爵国に居りては和し、軍に在りては法あり、刃上には察す。国に居りては好を見し、軍に在りては方を見し、刃上には信を見す。凡そ陳は、行くには惟れ疏(そ)に、戦うには惟れ密に、兵は惟れ雑う。人の教え厚ければ、静かにして乃ち治まり、威利章(あき)らかなり。相守るに義あれば、則ち人勉め、慮多く成れば、則ち人服す。時中に服し、厥の次治まる。物既に章らかなれば、目乃ち明らかなり。慮既に定まれば、心乃ち強し。進退に疑い無く、敵を見て謀る無し。誅を聴きては、其の名を誰(と)うこと無く、其の旗を変うること無かれ。凡そ事は、善なれば則ち長く、古に因れば則ち行われ、誓い作(おこ)りて章らかなれば、人乃ち強く、厲祥を滅ぼす。厲を滅ぼすの道は、一に曰く義、之を被(おお)うに信を以てし、之に臨むに強を以てし、基を成し、天下の形を一にし、人説ばざる莫し、是れを兼ねて其の人を用うと謂う。一に曰く権、其の溢るるを成し、其の好むところを奪い、我は其の外よりし、自ら其の内よりせしむ。一に曰く人、二に曰く正、三に曰く辞、四に曰く巧、五に曰く火、六に曰く水、七に曰く兵、是れを七政と謂う。栄、利、恥、死、是れを四守と謂う。容色積威は、意を改むるに過ぎず、凡そ此れ道なり。唯だ仁のみ親しむ有り、仁有りて信無ければ、反って厥の身を敗る。人は人とし、正は正とし、辞は辞とし、火は火とす。凡そ戦いの道は、既に其の気を作し、因りて其の政を発し、之に仮すに色を以てし、之を道(みちび)くに辞を以てし、懼れに因りて戒め、欲に因りて事とし、敵を蹈み地を制し、職を以て之に命ず、是れを戦法と謂う。凡そ人の形は、衆の求むるに由り、試みるに名行を以てし、必ず善く之を行う。若し行わんとして行わざれば、身以て之を将い、若し行わんとして行えば、因りて忘るること勿からしめ、三たびして乃ち章を成す。人生の宜しき、之を法と謂う。
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司馬法・定爵国に居りては恵むに信を以てし、軍に在りては広きに武を以てし、刃上(じんじょう)には果たすに敏を以てす。
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