三十六計 / 第四套 混戰計・第廿一計・金蟬脫殼
存其形,完其勢;友不疑,敵不動。巽而止,蠱。 【按語】共友擊敵,坐觀其勢。尚另有一敵,則須去而存勢。則金蟬脫殼者,非徒走也,蓋為分身之法也。故大軍轉動,而旌旗金鼓,儼然原陣,使敵不敢動,友不生疑,待己摧他敵而返,而友敵始知,或猶且不知。然則金蟬脫殼者,在對敵之際,而抽精銳以襲別陣也。如:諸葛亮卒於軍,司馬懿追焉,姜維令儀反旗鳴鼓,若向懿者,懿退,於是儀結營而去。檀道濟被圍,乃命軍士悉甲,身自(白)服乘輿徐出外圍,魏懼有伏,不敢逼,乃歸。
新字:存其形,完其勢;友不疑,敵不動。巽而止,蠱。 【按語】共友撃敵,坐観其勢。尚另有一敵,則須去而存勢。則金蝉脱殼者,非徒走也,蓋為分身之法也。故大軍転動,而旌旗金鼓,儼然原陣,使敵不敢動,友不生疑,待己摧他敵而返,而友敵始知,或猶且不知。然則金蝉脱殼者,在対敵之際,而抽精鋭以襲別陣也。如:諸葛亮卒於軍,司馬懿追焉,姜維令儀反旗鳴鼓,若向懿者,懿退,於是儀結営而去。檀道済被囲,乃命軍士悉甲,身自(白)服乗輿徐出外囲,魏懼有伏,不敢逼,乃帰。
書き下し
其の形を存し、其の勢いを完うす。友は疑わず、敵は動かず。巽いて止まるは、蠱なり。 【按語】友と共に敵を撃つに、坐して其の勢いを観る。尚お別に一敵有らば、則ち去りて勢いを存せざるべからず。則ち金蝉脱殻なる者は、徒に走るに非ず、蓋し分身の法なり。故に大軍転動して、旌旗金鼓、儼然として原陣のごとく、敵をして敢えて動かざらしめ、友をして疑いを生ぜざらしめ、己の他敵を摧きて返るを待ちて、友敵始めて知る、或いは猶お且つ知らず。然らば則ち金蝉脱殻なる者は、敵に対するの際に在りて、精鋭を抽きて以て別陣を襲うなり。如えば、諸葛亮軍に卒す、司馬懿之を追う、姜維、儀をして旗を反し鼓を鳴らさしめ、懿に向かわんとするが若くす、懿退く、是に於いて儀営を結びて去る。檀道済囲まる、乃ち軍士に命じて悉く甲せしめ、身自ら白服にて輿に乗り徐ろに外囲に出ず、魏懼れて伏有らんとし、敢えて逼らず、乃ち帰る。
現代語訳
見かけの形を残し、勢いを保つ。味方に疑われず、敵には動かせない。柔順に従って止まるのは、蠱の卦にあたります。 【按語】味方と共に敵を討つとき、座ってその形勢を見ている。さらに別の敵がいるなら、その場を去りながら、勢いだけは残しておかなければなりません。すると金蝉脱殻とは、ただ逃げることではなく、分身の法なのです。そのため大軍が移動しても、旗や鉦、太鼓は元の陣のまま厳かに残し、敵に動けないと思わせ、味方に疑いを生じさせず、自分が別の敵を破って戻るのを待ちます。そのとき味方も敵もようやく気づく、あるいはなお気づかないままです。だから金蝉脱殻とは、敵と対峙しているときに、精鋭を抜いて別の陣を襲うことなのです。たとえば、諸葛亮が軍中で亡くなったとき、司馬懿が追撃しました。姜維は楊儀に旗を反して鼓を鳴らさせ、懿に向かって攻めかかるようにしたので、懿は退き、そこで楊儀は陣を整えて去りました。檀道済が包囲されたとき、兵士全員に甲冑を着せたうえで、自分は白い服で輿に乗り、ゆっくりと包囲の外に出ました。魏軍は伏兵を恐れて近づけず、そこで帰還しました。
解説
この章句が説くこと
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