三十六計 / 第六套 敗戰計・第卅三計・反間計
疑中之疑。比之自內,不自失也。 【按語】間者,使敵自相疑忌也;反間者,因敵之間而間之也。如燕昭王薨,惠王自為太子時,不快於樂毅。田單乃縱反間曰:「樂毅與燕王有隙,畏誅,欲連兵王齊,齊人未附。故且緩攻即墨,以待其事。齊人唯恐他將來,即墨殘矣。」惠王聞之,即使騎劫代將,毅遂奔趙。又如周瑜利用曹操間諜,以間其將;陳平以金縱反間於楚軍,間范增,楚王疑而去之。亦疑中之疑之局也。
新字:疑中之疑。比之自内,不自失也。 【按語】間者,使敵自相疑忌也;反間者,因敵之間而間之也。如燕昭王薨,恵王自為太子時,不快於楽毅。田単乃縦反間曰:「楽毅与燕王有隙,畏誅,欲連兵王斉,斉人未附。故且緩攻即墨,以待其事。斉人唯恐他将来,即墨残矣。」恵王聞之,即使騎劫代将,毅遂奔趙。又如周瑜利用曹操間諜,以間其将;陳平以金縦反間於楚軍,間范增,楚王疑而去之。亦疑中之疑之局也。
書き下し
疑いの中の疑い。比するに内よりす、自ら失わざるなり。 【按語】間なる者は、敵をして自ら相疑忌せしむるなり。反間なる者は、敵の間に因りて之を間するなり。如えば、燕の昭王薨じ、恵王の太子たりし時より、楽毅に快からず。田単乃ち反間を縦ちて曰く、「楽毅は燕王と隙有り、誅を畏れ、兵を連ねて斉に王たらんと欲す、斉人未だ附かず。故に且く即墨を攻むるを緩め、以て其の事を待つ。斉人は唯だ他将の来たらんことを恐る、即墨は残らん」と。恵王之を聞き、即ち騎劫をして代わりて将たらしめ、毅は遂に趙に奔る。又た如えば、周瑜は曹操の間諜を利用し、以て其の将を間す。陳平は金を以て反間を縦ち、范増を楚軍に間し、楚王疑いて之を去る。亦た疑いの中の疑いの局なり。
現代語訳
疑いの中にさらに疑いを重ねる。内側から親しみ、自分を失わない。 【按語】間とは、敵に自ら疑い嫌わせることです。反間とは、敵の間者を利用して、かえって間をかけることです。たとえば、燕の昭王が亡くなり、恵王は太子であったころから、楽毅を快く思っていませんでした。田単はそこで反間を放って言いました。「楽毅は燕王と不和で、誅殺を恐れ、軍を連ねて斉で王になろうとしている。斉の人々はまだ従っていない。だからしばらく即墨を攻めるのを緩め、その機会を待っている。斉の人はただ他の将が来ることだけを恐れている。他の将が来れば、即墨は滅びるだろう」と。恵王はこれを聞き、すぐに騎劫を代わりの将に任じ、楽毅はついに趙に逃れました。また、周瑜は曹操の間者を利用して、敵の将を離間しました。陳平は金を用いて反間を放ち、楚軍の范増を離間させ、楚王は疑って范増を遠ざけました。これもまた、疑いの中にさらに疑いを重ねる策です。
解説
この章句が説くこと
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